間違って足を踏み入れると長靴がびしょびしょになって悲しい。悲しいだけですめばいいが,危険なのは海に落ちることである。海氷の下に入り込んでしまったら終わりである。海流などで流されるため,二度と戻って来れないであろう。
そして,海氷に這い上がるのが難しい。分厚い氷になればなるほど,水面と氷の表面の距離が大きくなる(氷の密度は 0.9 kg・m-3 なので,氷の厚さが 5 メートルであれば,水面から氷の表面までは 50 センチになる)。氷の上に雪が積もっているとさらに高くなる。濡れていると海氷の表面はツルツル滑る。水を吸って重くなった服もじゃまをする。
這い上がるには腰につけたアイスピックのようなものを使用する。ただ,本当に落ちてパニックになったら,果たしてそれを取り出すことができるのか不安だ。そして,氷のある海はマイナス1.8 度である。大気は季節にもよるが,たいてい水温よりも低い。だから,たとえ這い上がることができたとしても,船が近くにない限り,寒さで凍えてしまう。
私が参加した2013 年の南極での氷上観測中,突然クラックが発生し,クラックの向こう側に取り残された研究者を小舟で救出する緊迫した状況となったことがある。しかし,ドイツ船の乗組員の方は慣れているようで,楽しそうに救出作業をしているのを見たときは,いろんな意味で,この人たちにはかなわないなと思った。