巻貝も「托卵」する
主題大綱
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海洋生物資源科学部門・海洋生物学分野・動物生態学研究室の紹介です
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エゾボラとは、北海道でマツブとよばれている大型の肉食性巻貝です。私たちはエゾボラの種苗生産に関する共同研究をしていて、今回の話題は、種苗生産のために親貝を飼育・観察していくなかで発見したことです。ちなみに、エゾボラは、動きがとても遅い貝なので、肉眼で見ていると、まるで全く動いていないかのように感じてしまいます。私たちは5分間隔でインターバル撮影した写真を動画として観察することによって、今回の行動を観察しました。ちなみに、このような動画にすると、24時間を2分くらいの動画に収めることができるので、長時間の観察が容易になります。近年では、このような撮影が安価でできるようになってきたので、(動きが非常に速い動物の観察も容易になりましたが)動きが遅い動物を研究しやすくなりました。エゾボラは、いわば「エゾボラ時間」とも言えるような、人間に比べるとゆっっくりな時間を過ごしていますが、深い海の底ではそのペースでも良いのかもしれませんね。ちなみに、彼らは動きが遅いからといっても「単純」というわけでもないのだなあという感想を私は抱いています。
では、以下で詳しく説明します。
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漁獲されたエゾボラの貝殻に卵塊が付いてる……なぜ?
この話の発端は、卵塊を貝殻につけたエゾボラたちが、よく漁獲されることでした。貝のなかには、自分で産んだ卵塊を自分の貝殻につける種も報告されていますし、他個体の貝殻につける種も報告されています。「エゾボラはどちらなのだろう」ということで、メスの産卵行動に注目した行動観察をおこないました。
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他のメスが産み付けた!
観察の結果、エゾボラのメスが自分の貝殻に産卵した例はなく、すべて他個体の貝殻に産卵していました。水槽の壁や床に産卵することもできるし、実際に、床や壁に産卵している個体もいたのですが、それでも多くの個体が他個体の貝殻に産卵していました。興味深かったのは、卵塊をつけられようとしていた個体は、どうやら拒絶行動をとっているようであり、貝殻を振り回したり移動したりしていたことと、さらに、このように産卵をしている最中に、さらに他のメスがやってきて産卵しようと試みて、産卵中の個体が、そのようなメスを押しのけようとしながら産卵を続けることでした。これらの行動から、メスは他個体の貝殻を好適な産卵場所だとみなしていること、その産卵場所をめぐってメス同士の競争があることが示唆されました。
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他個体への産卵は休みなく行われ、2ヶ月以上かかることも多かった
そして、このような産卵行動は、なんと2ヶ月以上にもわたって連続して行われていました。他個体の貝殻にとりついた個体は、2ヶ月以上、餌も食べずにひたすらに産卵をし続けます。そして、他のメスがやってくると、それを押しのける行動もとるのです。また、産卵を終えたメスが一目散に餌に向かっていく様子も観察されました。産卵は、メスにとって大変な重労働のようですね。産卵した後のメスの生存率が、オスや産卵しなかったメスの生存率よりも低いことが伺えるデータも得られています。こんなに大変な行動をみせるのは、きっとこの行動に機能があるからに違いありません。エゾボラのような水深100mほどに生息する巻貝で、野外で行動の機能を検証することは大変難しそうですが、「卵塊が砂に埋まったり別の場所に流されたりしないようにするため」という機能があるのではないかと私は考えています。他個体に卵の世話をお願いするという意味で、私はこの行動を「托卵行動」とよんでいます。
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