概 要
アルギン酸-プロタミン複合体の凝集剤を提案します.アルギン酸とプロタミンはそれぞれ個々では凝集能力をほとんど有しません.ところが,両者の複合体は非常に素晴らしい凝集能力を発揮します.凝集能力の評価にはカオリンまたは粉砕石英砂懸濁液を用い,評価指標は比吸光値を採用しました.特に,アルギン酸とプロタミンの質量比およびpHの影響を調べました.凝集能はその両方に非常に大きく影響を受けます.実験範囲において最も効果的だった条件は質量比が0.4-0.8,pH3-7の範囲でした.特に,pH 8以上では凝集能力は急激に低下しました.
緒 言
懸濁液の凝集沈降分離は鉱工業,土木工事,水処理など様々な分野で利用される固液分離操作です.現在良く使用される凝集剤は化学合成高分子凝集剤もしくはアルミニウムなどを含む凝集剤です.しかし,これらの凝集剤は自然になかなか分解しなかったり,分解すると環境に悪影響を与える物質もあります.
最近の20年では環境に優しい凝集剤の開発に関する研究が多く行われてきました.その多くは生物由来高分子物質を利用する方法です.特に,キチン/キトサン,エステル化タンパク質,化学修飾した多糖類などが挙げられます.
一方,話は変わって,サケに限らず白子は我々日本人は食用にしますが,世界的にみれば食用されることはほとんど無く大部分は廃棄されています.勿論,工業化学品,また,健康補助食品の原料として利用されてもいます.
サケの白子中にはプロタミン(分子量約4,600)という核タンパク質が含まれています.プロタミンはアミノ基またはグアニジル基を多く有するために弱アルカリ性までは正電荷を帯びています.一般的に,水中に懸濁する粒子の表面電荷は中性付近で負に帯電しています.プロタミンは電気的みれば粒子の対イオンとなることができ,2つの粒子表面をまたぐように吸着することができると考えられます.
しかし,プロタミンの分子量は上述したように4,600 g/molと非常に小さいために,プロタミン単独では十分な凝集能力を発揮することはできないとも予想できます.多くの高分子凝集剤の凝集機構は「架橋凝集」と言われています.これは凝集剤が2つの粒子にまたがって吸着して,それらが数珠つなぎとなって,小さな粒子が大きな凝集体,フロックと呼ばれるぼた雪のような凝集体の形成を促します.
懸濁粒子表面には「電気二重層」と言われる表面電荷の影響が及ぶ領域が存在します.同じ粒子なので同じ電荷(正・負)を有していますから,ある距離よりも接近することができません.これを「最接近距離」と呼ばれています.高分子凝集剤に必要な条件の一つが,この最接近距離を越える大きさを有していることです.
アルギン酸はβ-D-マヌロン酸とα-L-グルロン酸から構成されており,カルボキシル基を約4×103 mol/g有しています.このためにpH 4.5以上ではほぼ負電荷を多く有することとなります.このアルギン酸は褐藻類中に多く含有され,この褐藻類は日本全国の沿岸に広く分布しているなじみのある海藻です.コンブなど主に食用される種だけではなく,何にも利用されない褐藻類も多く存在します.
プロタミンとアルギン酸は中性付近では互いに反対電荷を有することからイオン結合することが予想されます.適度な結合状態のプロタミンとアルギン酸の複合体は十分な凝集能力を有する凝集剤となり得ることが示唆されます.
これを実験的に証明することにしました.特に,混合質量比とpHが凝集能力にどのような影響を与えるのかに焦点を当てました.
実験方法
試薬
試薬製造会社から市販されている,プロタミン硫酸塩(サケ由来),アルギン酸ナトリウム,カオリン,石英砂を用いた.pH調整のために塩酸と水酸化ナトリウムを用いた.
懸濁液の調製方法
石英砂は水洗し60℃で乾燥した後にボールミル粉砕機によって48時間粉砕した.この粉砕石英は水洗し48時間60℃で乾燥した.粒径分布はレーザー散乱粒度分布測定装置(LA-300,堀場製作所)によって測定した.カオリンと粉砕石英砂の体積基準平均粒径はそれぞれ6.5および47.3μmであった.ほとんどの実験では懸濁液濃度を3g/Lに調製して用いた.
凝集性能評価実験方法
3g/Lの懸濁液を100mLガラス製メスシリンダに注ぎ入れ,マグネティックスターラを用いて撹拌した(500rpm).所定濃度に調製したプロタミン溶液とアルギン酸Na溶液を2mLづつマクロピペットを用いて取り,これを混合し,素早く激しく撹拌した後に,この混合溶液2mLをマクロピペットを用いて懸濁液に加える.混合溶液添加後5分間撹拌し,その後直ちに撹拌を停止させる,撹拌停止後1分間静置し,1分経過したら直ちに水面下2cmの位置から2mLを採取した.採取懸濁液の700nmにおける吸光値を分光光度計を用いて測定した.
結果と考察
凝集能力は比吸光値,A/A0,で評価を行った.ここで,A0およびAはそれぞれ,凝集剤を添加していない場合の懸濁液吸光値,および,採取試料の吸光値である.
アルギン酸Na(Alg)とプロタミン(Pro)の質量比の影響をFig. 2に示す.Fig. 2aにカオリン,Fig. 2bに石英砂を用いた場合の結果である.pH7での実験結果である.縦軸の比吸光値,A/A0,の値が低いほど凝集性能がよいことを意味する.カオリンおよび石英砂の両方について,質量比,Alg/Pro,の値が0.3-0.8の範囲で凝集性能が非常に高くなった.
pHの影響をFig. 3に示す.この実験はカオリン懸濁液を用いて行い,系中に添加したPro質量は1.5×10-4の一定とした.pH 3-7の範囲で非常に優れた凝集性能を示すことがわかった.pH 8では凝集性能は質量比にも影響を受け,さらにpHの値が大きくなると,ほとんど凝集性能を示さなくなったことがわかる.これはpH8以上ではアミノ基およびグアニジル基からの水素イオンの解離によって正電荷を失い(アミノ基:pKa 9.0,グアニジル基:pKa 12.0;Kaは解離定数,pKaはKaを真数とする常用対数値にマイナス1を乗じた値),複合体の形成およびProの粒子表面への吸着が生じなくなることが原因と考えられる.