Diagrama de temas
太平洋夏季水とは
北極海の海氷はこの数十年で大幅に減少しています。例えば9月15日の海氷面積は、1980年代には平均で730万平方キロメートルであったのに対し、2020年には360万平方キロメートルと半分以下に減少しています(例えば以下参照:https://ads.nipr.ac.jp/vishop.ver1/ja/vishop-extent.html)。この海氷減少は主に太平洋側北極海で起こっており、原因の一つとして、太平洋夏季水による北向き熱輸送の増加が挙げられています。比較的高温な太平洋夏季水は、春〜秋季に太平洋の縁辺海であるベーリング海からベーリング海峡を通過して北極海の縁辺海であるチュクチ海、さらに北極海カナダ海盆の亜表層に輸送され、北極海カナダ海盆の表層水温に影響を与えることで、太平洋側北極海の海氷減少の一因となっていると指摘されています(例えばShimada et al., 2006)。
太平洋側北極海の流れの模式図(Tsukada, Ueno et al. Polar Science (2018)に加筆)
太陽放射加熱
太平洋夏季水は、ベーリング海峡を通過した後、そのまま北極海海盆域(水深が数千メートルに及ぶ海域のこと)に輸送されるのではなく、陸棚域であるチュクチ海において太陽光によって加熱されます。この加熱のことを太陽放射加熱と呼びます。太陽放射加熱は太陽放射の強い南方で大きいだけでなく、太平洋夏季水の主要北上ルートであるアラスカ本土沿岸付近で大きいことが見てとれます。これは、チュクチ海の海氷が減少した結果、アルベドが小さくなり、海洋に熱が入りやすくなったためと考えられます。
アルベドとは、入射光に対する反射光の比のことです。海洋が氷に覆われているとき、太陽光の多くは反射され、アルベドは1に近い値をとります。海洋が氷に覆われていないとき 、太陽光のほとんどは海洋に吸収され、アルベドは0.1以下の値をとることが知られています。
1999-2015年で平均した5-9月の太陽放射加熱積分値(108 J m-2)。Tsukada, Ueno et al., Polar Science (2018)から抜粋。
太陽放射加熱によるベーリング海峡北向き熱輸送の増幅
ベーリング海峡を北上する太平洋水の流量は、2001年には年平均で0.7 ×106 m3 s-1、2014年には1.2 ×106 m3 s-1と、増加傾向にあり(Woodgate, PiO, 2018)。ベーリング海峡を通過する太平洋夏季水による北向き熱輸送も増加傾向にあります(下図紫線)。北向き熱輸送の増加は、チュクチ海の海氷減少をもたらし、太陽放射加熱を促進すると考えられます。そこで、チャクチ海全域の1999~2015年の間の5月から9月までの積算太陽放射加熱を計算したところ、増加傾向にあることが分かりました(下図赤線)。
ベーリング海峡北上流による熱輸送、太陽放射加熱に加え、潜熱などによる冷却なども考慮し、夏季チュクチ海の合計加熱の経年変動を調べたところ、太陽放射加熱、ベーリング海峡北向き熱輸送と強い相関があることが示されました。これらの結果から、ベーリング海峡北向き熱輸送が大きい年には、ベーリング海峡北向き熱輸送はチュクチ海における太陽放射加熱でさらに増幅され、より多くの熱が北極海海盆域に輸送されることが示唆されました。
チャクチ海全域の1999~2015年の間の5月から9月までの積算太陽放射加熱・ベーリング海峡北向き熱輸送・「潜熱+顕熱+長波放射」・海氷融解熱の経年変動(1020J)。Tsukada, Ueno et al. Polar Science (2018)に加筆。