本研究では、SNHが収集した未知種6個体の形態学的解析を行いました。これらのうち4個体については国立科学博物館で全身骨格標本とし、それらの形態学的特徴の把握と計測結果の多変量解析などを行い、この6個体は、形態学的に既知のミナミツチクジラ B. arnuxii およびツチクジラ B. bairdii のいずれとも異なる別の種である事が示されました。
伝統的には、形態学的記載が種記載には不可欠で、その基礎となる骨学的研究には、既知種の特徴を詳細に把握し、未知種の特徴を対比する必要があるので、既知種のタイプ標本はもちろんのこと、種の特徴を捉えるため多数の標本を渉猟し、種としての全体像を把握する必要があります。国立科学博物館の山田格名誉研究員と田島木綿子研究主幹は、国立自然史博物館(パリ)、合衆国自然史博物館(いわゆるスミソニアン博物館、ワシントンDC)、国立自然史博物館(ストックホルム)に収蔵されているツチクジラ属のタイプ標本を精査し、さらに、自然史博物館(いわゆる大英自然史博物館、ロンドン)、アカトゥシュン博物館(ウシュアイア)などに所蔵のツチクジラ属標本をも加えて比較、検討を行いました。
B.
bairdii と B. arnuxii の形態学的な識別は困難とされていますが、今回調査した未知種の頭骨は各部の比率が独自であると同時に脳頭蓋形状などに顕著な特徴があり、この2種とは明らかに異なることが示されました。
すなわち、この未知種の成熟した雄個体の体長が6.2-6.9mであるのに対し、オホーツク海に生息する既知の B. bairdii
34個体の平均体長は10.0m(Kishiro 2007)と統計学的に有意に異なり、体長が顕著に小さいことが確認されました。
さらに B. bairdii
10個体、ミナミツチクジラ B. arnuxii 7個体と未知種4個体の頭蓋計測値の主成分分析および判別分析を実施したところ、これら3グループは重なりなく明確に分離されることが確認されました。
さらに2014年以降SNHが新たに入手した未知種3標本をくわえた計8個体の未知種の遺伝子情報と、ツチクジラ B. bairdii 7個体、ミナミツチクジラB. arnuxii 2個体のミトコンドリアDNAコントロール領域(879-bp)の分子系統解析を行ったところ、 B. bairdii , B. arnuxiiの遺伝的差異に比べて未知種と既知の2種との差異が明らかに大きいことが改めて確認されました。
上記の結果を総合して、この未知種鯨類は独立の種として世界のクジラに加えるべきものであるとの結論に到達し、新種 Berardius minimus として記載し,Yamada et al. (2019) として報告するに至りました。
なお分類学の世界では、種は属名と種小名(いずれも原則としてラテン語表記)で認知されます。本種が属すると判断されたツチクジラ属(Berardius)を属名とし、そして少なくとも現状では属内で最も小さい特徴を示すべくラテン語で「最も小さい」意の「minimus」を種小名としました。英名については,本種の発見と調査に寄与した鯨類観察者佐藤晴子さんの名前にちなみ Sato’s beaked whale となりました。