Topic outline
物質循環研究とは(炭素循環を例に)
物質循環研究で一番注目されているのは、炭素循環でしょう。大気中の二酸化炭素が温室効果をもたらして、地表面付近の気温を高く保つからです。地球の炭素循環の歴史は、気候変動の歴史でもあります。下の絵は、現在の地球表層の炭素循環を表しています。何処に、どれだけ炭素が貯留していて、何処へ、どれくらいの速度で移動しているのか、を表しています。地殻に眠っていた化石の炭素が大気中へ二酸化炭素として放出され、その一部が海洋に吸収され、生物に利用され、再び大気へ戻る。このような循環を物質循環といいます。
炭素以外でも、全ての元素について、物質循環が考えられます。窒素循環、リン循環、硫黄循環、、、、その中に、ヨウ素循環があります。物質循環研究で、横綱級を炭素循環とすれば、窒素やリン、硫黄が大関級でしょう。ヨウ素循環は、関脇か小結くらいに位置します(私の独断な意見)。
なぜ、横綱を相手にしないかって? それは、ライバルが多すぎるからです。二酸化炭素濃度のモニタリングなんて、気象庁や環境省など、国レベルでやられています。それなら、ライバルは少なくて、その物質循環の挙動が複雑かつ謎が多い物質を選びました。それが、ヨウ素なのです。(これも、私の独断の意見)
地球のヨウ素循環について
地球のヨウ素のほとんどは地殻中に存在します。火成岩中のヨウ素は、太古の昔から地殻中に固定されているものと思われます。南米チリのアタカマ砂漠で採掘される硝石に高濃縮されています。海洋堆積物や、それが地殻に隔離された堆積岩中にも豊富に含まれます。これらで、地球上の99%以上のヨウ素を占めています。しかし、これら地殻中のヨウ素は、ほぼ固定されていて動きません。(河川水や地下水と接したときに風化により溶けだすだけ。それと、火山ガスとして僅かに放出されるだけ)
地球上で動的なヨウ素の99%は、海水中に無機ヨウ素として存在します。ヨウ素を移動させる最も大きなものは生物(海洋植物)の力によるものです。年間、12×1012 g のヨウ素が海洋植物に取り込まれ、ほぼ同じ量が海水に戻ります。海洋と大気の間では、年間5×1011 g 移動しています。あとで述べますが、海洋から大気へのヨウ素の放出も、海洋植物の力が働いていると考えられています。このように、海洋植物は地球のヨウ素循環を駆動しているといえるのです。
Fuge and Jhonson (1980) The geochemistry of iodine -a review, The environmental geochemistry and health, 8(2), 31-54.
通常、物質循環の収支を表すときは、流入量と流出量がバランスすべきなのですが、上の図ではバランスしていません。ヨウ素循環の見積もりに不確実性があるからと思われます。
海洋のヨウ素循環について
海洋と大気を中心としたヨウ素循環のイメージを下の絵に示します。地球表層で動的なヨウ素の大部分は、海水中に無機ヨウ素として存在しています。海水は酸素が豊富にある(酸化的な)ので、無機ヨウ素はヨウ素酸イオン(IO3-)として安定に存在します。海洋植物の力により、ヨウ素酸イオンがヨウ化物イオン(I-)に還元され、生物に取り込まれやすくなります。生物体内では、有機ヨウ素化合物として、酵素反応に役立てられたり、殺菌作用に役立てています。生物に利用される有機ヨウ素のうち、ごく一部は、低分子で揮発性を有します。(揮発性を有する=ガス) つまり、有機ヨウ素ガスになっています。その有機ヨウ素ガスを含む海水が大気と接していれば、大気中に有機ヨウ素ガスが放出されるのです。なお、有機ヨウ素ガスとして放出される以外に、ヨウ素分子(I2)として放出される分もあると考えられています。大気中に有機ヨウ素やヨウ素分子が放出されると、それらは、速やかに光分解して大気中にヨウ素原子を放出します。このヨウ素原子が対流圏大気中のオゾンを触媒的に壊す役割を果たすのです。ヨウ素原子は、オゾンを壊しつつ、いずれ雨として地表面に沈着し、海に戻ります。ごく一部は、海に戻らず、地殻に固定されるものもあります。また、海洋植物が海底に堆積して、そのまま地中に埋没する分もあります。
これが、海洋を中心とした、(比較的短時間での)地球表層のヨウ素循環の概要です。下の絵では、海洋堆積物と海水の境界、海洋たと大気の境界で有機ヨウ素(org-I)が移動している絵を描きました。ヨウ素の運び屋として重要視されているのが、有機ヨウ素や有機ヨウ素ガスと考えられています。その有機ヨウ素を生み出しているのが、海洋植物です。つまり、海洋植物が、地球のヨウ素循環を駆動していると考えられます。その詳細は次のコースで説明します。
海洋から大気へ放出されたヨウ素が大気化学に影響を与えます
以下の研究をご覧ください。
(JAMSTEC プレスリリースより引用:https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20220331/)
熱帯西部太平洋で大気中のヨウ素濃度が極めて高い海域“ヨウ素の泉”を発見―気候変動予測評価に向けた新たな知見―
(Full latitudinal marine atmospheric measurements of iodine monoxide)
高島ら, Atmospheric Chemistry and Physics, 2022, doi.org/10.5194/acp-22-4005-2022
発表のポイント
◆海洋地球研究船「みらい」による広域観測の結果、熱帯西部太平洋で大気中のヨウ素(一酸化ヨウ素)濃度が極めて高い海域を発見した。
◆この海域において、大気中の一酸化ヨウ素濃度と温室効果ガスである大気中のオゾン濃度が負の相関関係にあることが明らかとなった。
◆大気中のヨウ素は、海洋から放出されていると考えられており、これまでの研究では、大気中のオゾン濃度が高いほど、海から大気に供給されるヨウ素は多いとされてきたが、今後はそのプロセスを再考察する必要がある。
◆ヨウ素の供給とオゾン消失効果が気候変動に与える影響は、これまで考えられていたよりも大きいことが推測された。これらの物質の影響はIPCC第6次評価報告書では考慮されておらず、第7次評価報告書に向けてその影響評価の向上に取り組む予定