General
水産学部の専門授業「海洋生物地球化学」にて、福島大学環境放射能研究所の高田兵衛先生を外部講師として招聘します。高田先生に講義をお願いする環境放射能学の内容一部をLASBOS Moodleのコースに提供してもらいました。
水産学部の専門授業「海洋生物地球化学」にて、福島大学環境放射能研究所の高田兵衛先生を外部講師として招聘します。高田先生に講義をお願いする環境放射能学の内容一部をLASBOS Moodleのコースに提供してもらいました。
本コースでは、放射性核種には、人間が作り出した人工放射性核種と自然界に存在する自然放射性核種があります。
人工放射性核種には、
① 核実験由来のもの(主に大気圏核実験が多い)
② 原子力関連施設の事故に由来するもの
③ 原子力関連施設の管理下における計画的な放出に由来するもの
があります。以下、①~③について、放射性セシウム137Csについて説明します。
1945年以降、約500回の大気圏内核実験が行われました。大気圏内で核実験をすると環境中に放射性核種が大量に拡散されるので、1963年に部分的核実験禁止条約が締結されました。おもに、1945年から1963年の間に実施された大気圏内核実験が、海洋における人工放射能核種の供給源としては最大となっています。
海洋(南北太平洋、南北大西洋、南北インド洋)における放射性セシウム(137Cs)の放射線量を下のグラフに表しました。
単位は、PBq(ペタベクレル)です。ペタは、1015 を表します。ベクレルは、放射性物質が1秒間に崩壊する原子の個数(放射能)を表す単位です。
核実験によって放出された137Csは、チェルノブイリ事故の10倍以上、福島第一原発事故由来の40倍以上になります。なお、福島第一原発事故の一年前の2010年では、日本沿岸の海水でも137Csが検出されています。これは核実験由来のものが50年以上経過しても、なお残っているためです。
これまでの原子力関連施設での事故を下にまとめました。
1957,マヤーク核技術施設(ソ連)
1957, ウインズケール原子炉(英)
1979, スリーマイル島原発(米)
1986, チェルノブイリ原発(ソ連)
2011, 東電福島第一原発(日本)
これまでの事故では、チェルノブイリ原発事故と東電福島第一原発事故で環境への人工放射性核種放出量(下表の赤字部分)が分かっています。
チェルノブイリ原発事故では、放射性ヨウ素131Iの放出量が突出して多いことがわかります。
福島第一原発事故でも、放射性ヨウ素の放出量が大きな割合を占めますが、放射性セシウム137Csの割合が高いのが特徴です。
また、福島第一原発事故では、放射性核種を含む汚染水が海洋に放出されたため、海水への放出もある程度あったことが特徴です。
これらの核種(137Csと131I)は、原発で核エネルギーを取り出す時にできた核分裂生成元素に由来します。これらは原子炉内で生成されやすい核種であり、人体に蓄積される性質があるので、人への影響についても一番関心の高い核種でもあります。
核燃料のウラン235が核分裂する際に生成される割合(核分裂収率)を下に示します。
131I:2.878%
137Cs :6.2%(他の核種からのベータ壊変由来も併せて)
核分裂の収率からすると137Csの方が多いように見えますが、131Iの放出された放射能(ベクレル数)が高いのは、半減期の違いによるものです。(ベクレルとは、1秒間に核分裂する原子の数です。半減期とは、核分裂により、元の数の半分まで減る時間です) 半減期が短いほどベクレル数は高くなります。原子炉で生成、蓄積される量で比べると、以下のようになります。
131Iの生成量:約50g
137Csの生成量:約7,000g
このように、生成、蓄積される量で比べると、半減期の長い 137Csの方が多くなります。また、原子力発電所の稼働年数が多いと半減期の長い137Csの割合が高くなります。
チェルノブイリ原発事故では、放射性ヨウ素131Iの放出量が突出して多いことがわかります。
これは原子炉の稼働年数の違いが要因です。原発は多量の核燃料を燃やす(核分裂を起こさせる)ことで、エネルギーを得るわけですが、核分裂の期間が長くなると、それだけ多くの放射性生成物が蓄積することになります。
131Iは半減期が8日ですので、生成されてもすぐに崩壊してしまい、稼働年数が長くてもほとんど蓄積しません。
一方、 137Csは半減期が30年なので、原子炉の稼働年数が長くなればなるほど蓄積されます。
すなわち、稼働年数が長いと原子炉内ではヨウ素に対するセシウムの割合がだんだん上がっていきます。チェルノブイリ原発では稼働年数が比較的短かったときに事故が起きました。そのため、原子炉内に蓄積していた137Csが少なく、事故により原子炉内の放射性核種が大気へ放出されたとき、137Csの放出量に比べて131Iの放出量が突出して多くなったと言えます。
もう一つの表をみてください。キセノン(Xe)133という放射性核種の放出も算入しています。実は、原発事故で放出される放射性核種では133Xeが最も多いのです。下の表で挙げた放射性核種について133Xeを加えた総放出量で比べると、チェルノブイリに比べて福島第一原発事故の方がずっと多いことがわかります。でも、133Xeの放出が大きく問題視されてきませんでした。何故でしょうか。
キセノン(Xe)は希ガスなので、生物の体や環境中のある場所に蓄積することが無いからです。人体に悪影響を及ぼすのは、放射性核種が人体に蓄積して体内で放射壊変することです(体内被曝)。また、環境中のある場所に蓄積して、その近くに人がいることで放射線に曝されることです(外部被ばく)。133Xeは、これらの影響が極めて小さいことが考えられるからです。
また、同じ核種でも原発事故で放出量が違うのは、チェルノブイリ原発事故は燃料毎吹き飛んでしまったのに対して、福島第一原発事故では、水蒸気爆発と核燃料と接触した冷却水に放射性核種が溶けだして、その汚染水の一部が地下や海に流れ出したものです。福島原発では、核燃料が吹き飛んだわけではないので、137Csや131Iの放出量がチェルノブイリに比べて少ないと考えられます。
出典:環境省HP(https://www.env.go.jp/chemi/rhm/h28kisoshiryo/h28kiso-02-02-05.html)2020.8.12転載
核燃料の再処理施設とは
原子力発電所では二酸化ウランの燃料ペレットが封入された燃料棒(火力発電所で言う石炭に相当します)を用いて、ウラン235が核分裂する際に出る熱エネルギーで水を蒸発させて(お湯を沸かして)、その水蒸気で発電タービンを回し、電力を得ています。
原子力発電では使い切ったら新しい燃料棒と交換します。使い切った燃料を「使用済み燃料棒」と言います。しかし、火力発電と違うのは、使用済み燃料棒には結構燃え残りがあります。つまり使用済み燃料棒にはかなりの未反応のウラン235やウラン238から生成したプルトニウムがあるので、せっかくなら取り出して、再び燃料棒等を作ろう、とする場所が「再処理施設」なのです。
*詳しくは、電気事業連合会HP:https://www.fepc.or.jp/nuclear/cycle/recycle/index.html
何故、核燃料再処理施設から放射性核種が放出されるのか?
原子力発電で使用された、使用済みの核燃料は、再処理施設においてせん断、溶解されたのち、分離、精製され、核燃料物質と、核分裂生成物に分離されます。この過程において、気体が発生したり、廃液が生じます。これらの廃棄物には核分裂生成物(137Csや90Sr等)が含まれており、周辺公衆の線量が法令で定める限度を超えず、かつ、合理的に達成できる限り低く保つ(ALARA:as low as reasonably achievable)という考え方のもとに、管理しながら、環境中に放出しています。
その放出量については、各国の法律に従った、施設独自の管理目標値(制限値)が定められています。
詳細は、ATOMICAの再処理施設からの放射線(能)のページへ(https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_09-01-02-06.html)
欧州では、核燃料の再処理施設が稼働しており、その施設から人工放射性核種が(管理されながら)計画的に放出されています。
再処理施設の場所は、フランスのラ・アーグとイギリスのセラフィールドの二箇所です。
下図に欧州の代表的な再処理施設(右図)の年間放出量(1970-1998年)を示しています。
この期間にセラフィールドからは約40 PBqの137Csが海洋に放出されました。また、1976年は最大5.2 PBq/年間(福島第一原発事故直後の直接漏洩の1.4倍)に達しましたが,1998年には0.008 PBq/年間にまで減少しました。
ラ・アーグからの放出量は, 137Csの放出総量で比べると,セラフィールドの3%未満ですが、これは年間の使用済み燃料の処理量の違いにも起因します。
下に、欧州の核燃料再処理施設からの放射性セシウム放出量の年々変化を示しました。