また,この標本は剥製にされており,体表にニスが塗られているために確認が難しかった部位もあったため,改めてていねいに観察したところ,鰓蓋の下方に間鰓蓋骨皮弁(interopercular
flap)と呼ばれる皮弁がないこと,体前部の側線鱗に1個しか開孔がないなど,ワニゴチとは異なる特徴を持つことも新たに確認できた(ワニゴチでは1枚の大きな間鰓蓋骨皮弁があり,側線鱗の開孔は2個)。これらの特徴を持つ日本産種はイネゴチCociella crocodilaしかいない。そこで改めてホロタイプの吻長のデータをイネゴチの標本のデータと比較すると,両者はよく一致することもがわかった(図4)。また,後述する体の色彩もイネゴチによく当てはまる。
これらの結果から言えることは一つである。すなわち,I.
guttataのホロタイプは実はイネゴチであり,よってI. guttataとC. crocodilaは同種であり,シノニム関係にあるということである。学名がシノニム関係にある場合,古い名称に優先権があり,そちらが使用されるべき名称となるが,C.
crocodilaの命名者もキュビエで,I.
guttataと同じ著作物に新種として記載している。第2章で述べた通り、このような場合は第一校訂者がどちらかを選ぶことになる。イネゴチの学名として長らくC. crocodilaが使われてきたので,これをC. guttataに変更すると混乱が生じてしまう。つまり,規約の言葉を借りると,C.
crocodilaのほうが「命名法の安定と普遍性に最もよく寄与する学名」となるのである。そこで,私と共著者は第一校訂者としてイネゴチに対してC.
crocodilaを適用することにしたのである(Imamura
and Yoshino, 2009)。
さて,そうなるとワニゴチが宙に浮くこととなる。ワニゴチの学名としてI.
guttataは使えないし,これまでの自身の研究からワニゴチに対して与えられた他の学名はないことがわかっている。つまり,ワニゴチは適用すべき学名のない,新種となるのである。そこで,ワニゴチに対してはInegocia ochiaiiという学名を与え,学術論文として発表することとなった(Imamura,
2010)。種小名のochiaiiは,日本産コチ科魚類の分類学的研究で著名な研究を残された落合明博士に因んだものである。食用にも利用されている大型種が実は新種だったとは。異国の地でただ驚くばかりであった。
では,なぜワニゴチに対して誤ってI.
guttataの学名が用いられてきたのだろうか。私は「犯人」はコンラート・ヤコブ・テミンク(Coenraad
Jacob Temminck)とヘルマン・シュレーゲル(Hermann
Schlegel)の2人だと考えている。この2人は知らなくても,シーボルトの名前を知っている人はたくさんいると思う。テミンクとシュレーゲルは、フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト(Philipp
Franz von Siebold)が編纂した『日本動物誌(Fauna Japonica)』の魚類パートを執筆したオランダ人研究者である。
彼らは
1843年に同書のなかで
Platycephalus guttatusを記載する際,
1枚の正確な図もあわせて掲載した(図
5)。種小名の
guttatusは「斑紋のある」という意味である。イネゴチでは体の前半部に小さな黒色斑が散在しており(図
3),これが
guttatusの名前の由来となったものと思われる。しかし,ワニゴチでも体じゅうにより小さな黒色斑が密に分布している(図1)。したがって模様だけで言えば,ワニゴチのほうがより「
guttatus」である。そしてテミンクとシュレーゲルが掲載した記載と図は,体じゅうに小さな黒色斑が密に分布するワニゴチに基づいたものだったのである。彼らはワニゴチのこの特徴を観察し,「多くの黒色斑を持つこの種こそまさに
guttatus!」と勘違いをしてしまい,さらに悪いこと(
?)に,この図がとても正確に描けていたため,これを見たのちの研究者たちに間違った
guttatusの情報が伝わり,ワニゴチ =
P. guttatusと誤解されてしまった,と私は推測している。