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【コラム】魚体図の描きかた
魚体図を描くにも,体の輪郭や主な部位のみを描いたり,鱗や鰭条までていねいに描くなど,さまざまなスタイルがある。ていねいに描けば描くほど時間がかかる。私の場合,鱗や鰭条まで描いた図を1枚仕上げるのに1週間前後の集中した時間が必要である。
写真を掲載することもできるのに,なぜわざわざ時間をかけて魚体図を描くのか,疑問に思う人もいるだろう。研究者によってその理由は異なるかもしれない。私の場合は「写真ではよく見えない特徴も表現できるから」である。写真だと全体的なイメージはよく伝わるが,たとえば頭部の小さな棘や被鱗域のような非常に繊細な特徴は確認しにくい。写真ももちろん重要だが,写真では伝えることができない特徴を表現するために,図の併用は非常に効果的なのである。
以下に魚体図の描きかたを示す。あくまで一例であり,参考にして,自分にあった方法で作図するのがよいだろう。
まずは元となる原図から
私の場合,ペンで描くときとコンピュータで描くときがあるが,どちらの場合も,まずは原図を大きめに描き,これを程よいサイズに縮小する。インクで描くときは,縮小した原図の上に,同じサイズのケント紙のようなインクがにじみにくい紙を置き,下から透過光を当て,ケント紙上に原図の線を鉛筆で写し取り,それを下書きにして清書する。コンピュータで描くときは,縮小した原図をスキャナーで取り込み,画面上で原図をなぞって線を描いていく。いずれにしても,原図の出来が完成図の出来に非常に大きく影響するので,しっかりと描いておく。
いろいろな原図の描きかたがあるだろうが,私がお勧めするのは描画装置付き双眼実体顕微鏡で描くことである。
この顕微鏡,なかなかの優れものである。「双眼」なので両目で観察するのだが,左目ではほぼ直下にある標本を観察し,右目では右方向に張り出した描画装置経由でその下にある紙を捉えることになる。この装置を使って作図すると,左右の目の像が合体され,あたかも左目に写った像を鉛筆でなぞっているように見えるのである。
その他,写真をトレースする方法もあるが,体の場所によっては鱗の配列などの細かい箇所がよく写っていないなど,標本どおりの形態的特徴を再現するのに苦労することがある。
描画装置を使って魚体を描く場合は,倍率を上げれば上げただけ詳細な原図を描くことができる。あまり詳細に描いても,細かすぎて下書きや清書に反映できない場合もあるので,完成図をイメージして,どこを省略するかを考えながら描くとよいだろう。
描画装置付き双眼実体顕微鏡の使用例。顕微鏡の右側から伸びている「手鏡」のようなものが描画装置の一部となっている。顕微鏡下には骨格パーツがあり,左目で見えている骨格の輪郭を,右目で見えている鉛筆でなぞって作図していく。最初は少し難しいが,慣れてしまえばどうということはない。鱗のある魚の作図はかなり厄介である。屋根瓦のように規則的に配列する場合もあるが,1列から2列,2列から3列へと不規則に配列が変化することもあり,正しい図を描こうとすると非常に正確な観察が要求される。それでも,詳細な魚体図を描く場合は,きちんと再現するようにしている。後日,誰かが私の図と元になった標本を見比べ,不一致を指摘されるのが悔しいからである。くだらない意地かもしれないが,私は作図にもその研究者の力量が表れると考えている。いい加減な図はいい加減な観察から生じると思う。それらしく鱗の配列を再現しても,実際と異なっていれば意味はない。それならば,いっそのこと鱗の配列を省略したほうがよほどいい。小さいことかもしれないが,自分の研究者としての立場を悪くするようなことは避けたいのである。
きれいに鰭立てされた標本なら,そのまま作図に用いることができるが,そうでないなら,たたまれた鰭を広がったように別途作図する(図①)。このようにして,いくつかの部位の図を正確につなぎ合わせ,1枚の原図が完成する(図②)。
ペンで清書する場合は,縮小した原図を清書用のケント紙に鉛筆でなぞり,下書きを作図する。下書きは清書が終わった後に消しゴムで消すので,少し柔らかめの鉛筆(Bくらいが私の好み。HBだと少し硬すぎる気がする)で描く。下書きで多少失敗しても,途中で消しゴムを使わないほうがいい。紙が毛羽立って,清書するときにインクがにじみ,消しゴムを使った場所と使わなかった場所で線の太さが変わってしまう。
ペンによる清書
まずはペンを使って清書を描く方法について述べる。製図用ペンを使う均一な太さの線が描ける。製図用ペンには線の太さによって種類があるので,何本かを使い分けるとよい。
ちなみに私は多くの場合で0.2ミリと0.1ミリを使っており,まずは魚体の輪郭や鰭条などを0.2ミリのペンで描く。次に0.1ミリのペンで鱗などを描く(図③)。鱗が脱落している箇所は点線で描き,鱗がある状態と区別する。
さらに同じく0.1ミリのペンで点描を行う。自然科学の図の場合,陰影をつけるときはペンで点を打ち込み,その密度で影の濃淡を表現する。色彩の濃淡も点描で表現する。そのため,黒っぽい魚を描くときはかなり苦労を強いられることになる。点描は,全体のバランスを見つつ,密度の粗いところから始め,少しずつ密度を増やしていく。最初から密度を高く点描すると,濃すぎた場合に取り返しがつかない。
最後に消しゴムで下書きを消して完成である(図④)。コンピュータを使った清書
コンピュータを使って描く場合は,使う紙や下書きの鉛筆の濃さな
どは気にする必要がない。適当なサイズに縮小した原図をスキャナ ーで取り込み,これをもとに作図用のソフトウエアを使って描いて いく。線の太さや点の大きさは思いのままである。 私が大学院生だった頃は描画はすべて手書きだったが,いつのまに
かコンピュータを使って描くことが一般的になった。私のようなお じさん世代のアナログ人間でも,ペンを使って描くことはほとんど なくなった。ただし私の場合,コンピュータで描くほうが好き,あ るいは得意というわけではない。久しぶりに作図しようとすると, インクが固まっていて,ペンが使えるようになるまでかなり時間が かかってしまうので,タイムロスが少ないコンピュータを使ってし まうのである。私でさえこうなのだから,若い学生たちは例外なく コンピュータで描いている。
コンピュータで描いた図は線の太さが完全に均一で,ぶれや歪みもなく,非常にきれいなのだが,なんとなく物足りなく感じてしまう 。手書きの場合は線の描きかたなどに個性が表れるものだが,それ を感じにくいからなのかもしれない。 アカゴチ科のBembras longipinnisの作図プロセス
① 描画装置付き双眼実体顕微鏡を使って鉛筆で描き,ペンでなぞって作成した図(上)。第1背鰭,胸鰭,腹鰭はたたまれているため,別途広げた状態(下)を描く。第2背鰭と臀鰭の各鰭条の長さを測り,正確に再現している。
② 魚体と各鰭を合体させて原図は完成。これをもとに下書きを描く。
③ 下書きの上から輪郭,鱗などを製図用ペンで書き込んだ状態。
④ 点描で色彩を表現するなどし,消しゴムで下書きを消して完成。