Diagrama de temas
論文に必要なデータをそろえる―事前の準備は周到に
新知見が得られたら,公表することを考える。新知見を個人的に抱えていても研究は進展しない。公表することで当該分類群の知見が増え,それが次の新知見の土台となっていくのである。私は国立大学の教員なので,国民のみなさんの税金から給料をいただいている。研究成果を公にするのは義務である。ある北大の先生は「研究者の仕事は研究ではなく,論文を書くことだ」とおっしゃっていた。楽しみながら研究をやってはいるが,個人的な楽しみのために仕事をしているわけではない。税金泥棒にはなりたくないと常々思っている。
新知見が得られたからといって,すぐに論文が書けるとは限らない。たとえば新種の場合,もし観察できた個体数がごく少数なら,より多くの標本を観察できるように努力する。近似種と形態形質が異なる標本が 1 個体しかいない場合は奇形の可能性も疑われる。その違いが奇形ではなく,種的差異であることを説明するためには,より多くの個体のデータが提示したほうがより説得力が増す。また,比較対象種のデータが少ない場合は,こちらもさらに観察個体を増やす。とくに,担名タイプのデータはぜひとも含めておきたいところである。このように,論文を書くためにはどのようなデータが必要なのかをよく考え,不足しているのならそれを補強するのである。
図4.4 Cocotropus roseomaculatus(南アフリカ水圏生物多様性研究所所蔵標本)。この研究所に別の既知種の標本借用をお願いしたところ,この標本が送られてきた。南アフリカ共和国のクワズルナタルから採集された標本で,よく観察してみると観察したかった種とはまったくの別種で,驚いたことに新種であった。Cocotropus(マスダオコゼ属)は希少種が多いことに加え,本種の入手には上述の経緯があったため,2個体目の入手は難しいと判断し,この個体(ホロタイプ)のみに基づいて,新種として公表した(Imamura and Shinohara,2004)。これまで追加標本の報告はなく,かなりの希少種であると思われる。- 新種と思われる標本が 1 個体しかなく,それが特殊な方法で採集されていたり,滅多に調査が行われないような場所・水深で採集されていれば,追加の標本を得ることは難しい。その場合は,やむをえず 1 個体のデータで新種の論文を書くことになる。もしかしたら新種ではなく,既知種の奇形や種内変異かもしれないが,それでも論文として公表しなければこの情報は埋もれてしまう。新種発表した後で,誰かがそれを否定し,奇形あるいは種内変異と判断しても,そのような変異個体が存在することが新知見として理解されることになる。それも研究の進展なのである。また,新種であることが妥当であった場合は,公表によって誰かが注目することで,新たな標本が採集される可能性もある。