ある種類が従来知られている分布域から著しく外れた場所で報告されたら,その標本を観察することをお勧めする。もしかしたら新種かもしれないからである。
アカゴチ科(Bembridae)というグループがある。コチ科の近縁群ではあるが,別グループである。アカゴチ科にはアカゴチ属(Bembras)のみが知られており,従来はアカゴチ属にはアカゴチBembras
japonicusのみが含まれていた(図1)。アカゴチは南日本から南シナ海,そして北部オーストラリアとアラビア半島南部に位置するアデン湾から記録されていた。南シナ海とオーストラリアは結構離れているし,アデン湾はなおさらである。アデン湾からのアカゴチの報告を行った論文には短い記載の他に写真も掲載されているが,日本のアカゴチとはちょっと雰囲気が違う。なんだか寸詰まりな印象を受けるのである。このように,標本を観察する前の限られた情報しかない段階では分からないことが多く,もやもやした気持ちになってしまう。このままでは精神衛生的にもよろしくないので,この標本を所蔵しているドイツのハンブルク大学動物学博物館に借用依頼の手紙を送り(当時はEメールはまだあまり普及していなかったので、海外とのやり取りは国際郵便を使っていた),4個体の標本を送ってもらった。標本を見て一目で分かった。日本のアカゴチとは別種だったのである。写真から受けた印象と同じく,体が寸詰まり,つまり体高が高いのである(図2)。他にも頭と眼が大きいなどの違いがあることも分かってきた。Bembras japonicusは日本産の標本がホロタイプなので、アデン湾産の標本が新種ということになる。これらの個体をもとに本種をBembras adenensisとして新種発表することとなった(Imamura
and Knapp, 1997)。
さらに,オーストラリアの標本もいくつかの博物館から借用してみた。標本を観察して驚いた。日本のアカゴチとB. adenensisとも異なる3種類が含まれていたのである。詳細は割愛させていただくが,どれも新種であり,Bembras megacephalus(図3)、Bembras macrolepis、Bembras longipinnisと名付けることとした(Imamura
and Knapp, 1998)。またごく最近,インド洋のアンダマン海から採集されたアカゴチ類を観察する機会があったが,このときも既知種とは異なる2新種が含まれると判断した(Imamura et al.,
2018)。
結果として,私が研究を始める前はアカゴチ類は
1属
1種と考えられていたが,現在では
1属
7種が知られ,
6種が新種だったわけである。繰り返しになるが,ある種類が従来知られている分布域から著しく離れた場所で報告されているなら,別種を疑うべきである。アカゴチ類のような
1属
1種と考えられている魚種ならなおさらである。
1属
1種の場合,他種とは異なる顕著な特徴を持っているはずである(だからこそ独自の属に含められている)。その特徴を持っているために,当該種と簡単に分類されがちだが,細かく丁寧に観察すると,意外なところで違いが見つかるかもしれない。「おやっ変だな」と思ったら,迷わず標本を観察すべきなのである。