私は自分のことを「魚類系統分類学者」だと思っている。系統分類学とは,系統類縁関係に基づきながら,分類体系を構築する学問領域のことである(詳しくは第1章をお読み下さい)。大学院時代に「コチ科魚類と近縁群の系統分類学的研究」というテーマで研究を行い,学位を取得した。コチ科というのはカサゴの仲間で,体と頭が非常に扁平化した,ちょっと変わった形の魚である。本科魚類を中心に,他のカサゴ類やスズキ類などの魚類の骨格系と筋肉系の比較解剖を行い,コチ科の系統類縁関係を推定し,これをもとに本科に含まれる各属を再定義し,それらに含まれる種を整理した。それまでのコチ科の属の分類は着目する特徴が研究者によって異なるために,出版物によって種の帰属が異なり,誰の見解に従えばよいかよく分からない,非常に混乱した状態だったためである。この研究を通じて,自身は単なる分類学ではなく,系統分類学を専門としているという意識が定着した。
したがって,私の研究上の立ち位置からすると,本文のタイトルも「魚類系統分類学のすすめ」としたいところであったが,系統分類学といわれても,どんな研究なのかがよく分からない方も多いだろうし,堅苦しくて取っ付きにくい印象を与えても,それは私の本意ではないので,より一般の方に馴染みがあり,シンプルな「分類学」とした。そのようなことから,本文では分類学だけでなく,系統分類学についても一部解説を加えている。また,私が研究しながら体感した「わくわく感」や「どきどき感」を少しでも読者の皆さんに感じてほしいと思い,私の研究に関わるエピソードも多く盛り込んだ。
本文では分類学を主軸として,私の研究対象である魚類はもちろんのこと,分類学にとっての法律書である国際動物命名規約,実際に観察する標本とその重要性などについて,実例を紹介しながら解説した。読者対象としては,おもにこれから志望大学を考える高校生と,どのような研究室に行くかを考える大学生を念頭に置きながら執筆した。志望大学や研究室を選ぶ時の参考にしてもらえれば幸いである。本文を読了後に,将来は魚類の分類をやってみたいと考える人が現れたなら,これ以上の喜びはない。また,本文には魚類分類学に関するいろいろな情報を詰め込んだつもりので,この分野の研究を始めて間もない大学4年生や修士課程の学生のみなさんにも参考になるのではないかと思う。その他にも,学問の対象としてではなく,魚そのものに興味があって,魚釣りや水族館で魚を眺めているのが好きな方もいるだろう。そんな方にも,本文を通じて,どのように魚は分類されているか,そしてどのように命名されているかを知っていただけると,たいへんうれしい。
本文は海文堂出版の「北水ブックス」シリーズの第3弾として2019年に出版された拙著『魚類分類学のすすめ』から4つの章を抜粋し,バランスドオーシャン用に改訂したものである。「北水ブックス」シリーズはページ数が128ページと決められていた。編集の最終段階で10ページ以上の超過があることがわかり,部分的に削除した箇所や,断腸の思いで削除したコラムやトピックなどがあった。その他にも原稿執筆途中で削除したコラムもある。バランスドオーシャン版では文章量の制約はないため,削除したコラムの他,何枚かの写真とキャプションも追加した。拙著をお読みくださった方にも,改めて楽しんでいただけるのではないかと思う。
「北水ブックス」の企画段階で,説明会に呼ばれたことがあった。そのときは,なぜ声を掛けられたのかよくわからずにいたのだが,後に,水産科学研究院長(当時)の安井肇教授が編集者に私を著者候補の一人としてご推薦下さったと知った。安井教授のご推薦がなければ,このような機会に巡り会うことはなかった(ちなみに私はダボハゼのようにこの企画に喰いついた。魚類分類学のことを若い世代の人たちに伝えるのに,この上なくよい機会だと思ったからである)。また,三重大学水産実験所の木村清志博士,神奈川県立生命の星地球博物館と同館の瀬能宏博士,京都大学舞鶴水産実験所と同実験所の甲斐嘉晃博士,北海道大学大水産科学研究院の河合俊郎博士,北大総合博物館の田城文人博士,アメリカ合衆国の珊瑚礁環境教育基金(
Reef
Environmental Education Foundation)とカリフォルニア科学アカデミー(
California Academy of Sciences)のボランティアの
Janet Eyre氏から貴重な写真をご提供いただいた。河合博士からは内村鑑三の『日本魚類目録』に関する貴重な情報もいただいた。北海道大学附属図書館からは内村鑑三の写真の掲載許可をいただき,日本魚類学会からは論文(
Imamura, 2007)の掲載許可をいただいた。天城奥人氏は『魚類分類学のすすめ』のカバーの魚体図に見事な彩色を施してくださった(この図はバランスドオーシャン版の
目次でも使用させていただいている)。『魚類分類学のすすめ』を執筆・出版するにあたり,海文堂出版の岩本登志雄氏には本書の企画の段階から始終お世話になりっぱなしだった。岩本氏のサポートがなければ本書は世に生まれていなかった。これらの方々と機関にここに深く感謝申し上げる。