ブランク測定
対象成分を含まない試料を「空試料」とか、「ブランク試料」といいます。これまで幾度も述べてきたように、環境分析化学においては、ブランク測定は分析結果の品質を担保するうえで極めて重要です。どれだけ低濃度まで定量可能なのか、対象成分の汚染の影響はないのかなど、分析化学で様々な問題に対処するとき、必ずブランク試料を測定します。
機器ブランクと操作ブランク
分析装置の試料導入口に、理想的なブランク試料を導入して計測すること、もしくは何も試料を導入しないで計測することが機器ブランクです。ここで、理想的なブランク試料とは、水分析であれば超純水、ガス分析であれば超高純度窒素などです。装置自身の性能を示すときに機器ブランクの結果が用いられます。
これとは別に、環境分析化学では、操作ブランクを調べることが極めて大事です。操作ブランクとは、試料の採取から、保存、試料の前処理、分析装置への導入まで、ブランク試料に対してこれら全ての操作を施したときのブランク測定のことを意味します。
なぜ、そのようなことが必要なのでしょうか? 本コースの冒頭でも述べたように、環境分析化学では、地球上あらゆる場所から試料を採取して、なんとか実験室に持ち帰り、ようやく分析に至ります。環境試料中のピコグラムとか、フェムトグラムとか、超微量成分を検出することもあります。どの操作で、試料が汚染したり、損失したりするか、予測不能な事態も起こり得ます。操作ブランクを調べて、環境試料の分析結果の妥当性を担保しなくてはなりません。
雨水に含まれる成分を調べるときの器具選定と操作ブランクの例
【器具選定】
まず大事なのが、保存容器や実験器具の材質です。何を測定するのか、によって材質を選ぶ必要があります。例えば、雨水中のイオン成分を測定するなら、ポリプロピレン(PP)やポリカーボネイト(PC)、ポリエチレン(PE)、ポリフッ化ビニル(テフロンなど)のプラスチック製の容器を使うべきです。ガラス製品は?とおもうでしょう。ホウ珪酸ナトリウムでできたガラスからは、ナトリウムイオンが溶出するので、保存ボトルなど長期使用には適しません。
雨水中の有機物を調べるには、何の素材がいいでしょうか?プラスチックは炭素製品なので、炭素の汚染が起こり得ます。ガラス製品がよいでしょう。微量濃度の溶存有機炭素を測定するなら、雨水をろ過するのにも、石英繊維フィルターを使うべきです。石英フィルターは、使用前に、500℃で30分くらい加熱して、付着していた有機物を無くす必要があります。
雨水中に含まれる煤粒子を調べたかったらどうでしょうか? プラスチック製品は表面に煤粒子をくっ付けやすいので、全量回収するのが難しくなるでしょう。この場合はガラス製品がよいかもしれません。
保存方法にも気を配るべきです。凍結すれば、成分がそのままの状態で保たれそうです。しかし、ガス成分だと、凍結時に除かれてしまうかもしれません。冷蔵だと、試料水中でバクテリアが発生してしまうかもしれません。生物の活動を止めるため、塩化第二水銀の飽和溶液を試料水容量の1/1000ほど入れることもあります。ボトルの蓋はどのようにしたらよいでしょうか?ガス成分を測定するなら、ブチルゴム栓をしたうえで、アルミシールをするのがよいでしょう。
このように、材質を選ぶだけで、様々なノウハウと工夫、注意が必要なのです。これらの注意を配慮したうえで、分析に問題がないかを証明するためにも、ブランク測定が欠かせないのです。
【操作ブランク】
実際の雨水採集を、できる限り再現した形で、ブランク測定をやります。
例えば、
① 雨水採集のロートを、一定時間、大気に暴露して、雨が降っていないときの汚染(完成沈着)を調べる必要があるでしょう。
② 雨を想定して、ロートに超純水をかけて、その水を実際の観測と同じ手順で回収、保存、分析するのがよいでしょう。