練習問題
ウインクラー法で試料処理するときに海水に水酸化ナトリウムを加えるとMn(OH)2が沈殿する条件(pH)を求めてください
【解答】
水中にあるMn(OH)2の固体が溶解して、Mn2+と二個のOH-を生成する反応は以下のように表されます。水中に固体が溶け残っている状態で時間が十分経過すれば、溶解平衡に達します。各物質の下に標準生成ギブズエネルギーを記しました。
【原形】 【生成形】
Mn(OH)2 ⇆ Mn2+
+ 2OH-
Gf0 (kJ/mol) -615.4 -228 -157.2×2
反応前のMn(OH)2を原形、反応後のMn2+と2(OH-)を生成形と呼びます。原形の標準生成ギブズエネルギーの合計(ΣGf0【原形】)は-615.4 (kJ/mol)、生成形の標準生成ギブズエネルギーの合計(ΣGf0【生成形】)は-228+2×(-157.2) (kJ/mol)です。 反応前後の標準生成ギブズエネルギーの合計差(ΣGf0【生成形】-ΣGf0【原形】)を⊿∑Gf0 と記します。
この反応の標準生成ギブズエネルギーの合計差は、
⊿∑Gf0 = ΣGf0【生成形】-ΣGf0【原形】 = 73×103
( J/mol )
化学平衡の条件式( ΔGf0 = -R・T・lnK )に数値を代入します。
73×103 ( J/mol )
= -8.314・298.15・ln(【Mn2+ mol/L】・【OH- mol/L】2/【固体の活量 (=1) 】)
(OH-イオンは二個生成しているから、【OH-
mol/L】・【OH-
mol/L】=【OH-
mol/L】2)
ln【Mn2+】・【OH-】2 = -29.45
【Mn2+】・【OH-】2 = e-29.45 = 1.6×10-13
したがって水酸化マンガンの溶解度積は、理論上1.6×10-13です。なお、難溶性物質の溶解平衡の平衡定数(固体の活量(濃度)を1としたとき)を溶解度積(Ksp)といいます。この値が小さいほど難溶性なのです。
溶存酸素測定の操作では、海水に固定①液でMn2+を加えたのち、固定②液で水酸化ナトリウム溶液を加えてOH-を過剰にしています。その添加量に相当する【OH-】濃度を上式に代入すれば、その液中に溶解しうる【Mn2+】濃度が計算できます。
例えば、
海水のpH8のままであれば、【OH-】= 10-6 mol/Lだから、【Mn2+】= 1.6・10-1
mol/L
アルカリ性のpH10にすれば、【OH-】= 10-4 mol/Lだから、【Mn2+】= 1.6・10-5
mol/L
pH12にすれば、【OH-】= 10-2
mol/Lだから、【Mn2+】= 1.6・10-9 mol/L
です。
固定液①のMn2+濃度は1.26 mol/Lで添加量が6.3×10-4 mol (①液0.5 mL添加) なので、DO瓶中(0.1 L)では6.3×10-3 mol/Lになります。
pH8のときの溶解平衡濃度(1.6・10-1
mol/L)は添加したMn2+濃度に比べて十分高いです。つまり、添加した全てのMn2+はそのまま溶けた状態にあります。
海水より少しアルカリ性(pH10以上)にしてやれば、マンガンイオンの溶解平衡濃度(1.6・10-5
mol/L)は、添加したMn2+濃度(6.3×10-3 mol/L)より随分と低くなります。添加したMnのうち、溶解できるのは、6.3×10-3 mol/L×0.1 (L) = 6.3×10-4 molだけで、残り5.67×10-3 mol (= 6.3×10-3 -6.3×10-4 mol)は溶解できずMn(OH)2として沈殿します。
実際のDO測定では、過剰のNaOHを入れてpH12くらいにするので、Mnのほとんどが沈殿することがわかります。
その後、滴定直前に、酸素瓶の底に溜まった沈殿に塩酸を加えて沈殿を溶解させます。塩酸により水素イオンが添加されると瓶中のOH-濃度が低下します。どれだけ塩酸を添加すれば、もしくはどれだけpHが低ければ、瓶中のMn(OH)2沈殿を溶解させられるかも計算できます。