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    • 濃度測定-検量線- 

       分析装置に環境試料を投入して、自動で測定が終了し濃度値が出力される、なんてお手軽な装置はあまりありません。もしくは、そんな装置は信頼性があまり無いです。では、どのように、測定結果を濃度に換算するのでしょうか。最も一般的なのが検量線作成による強度法です。

      ※ 装置の性能が時間的にほとんど変わらなければ、予め検量線を作成しておいて、それを装置に記憶させておきます。そうすれば、信号強度から濃度値を自動で出力することもできます。


      強度法

       濃度が既知である標準試料を数種類用意して(下図を参照)、それらを測定し信号強度を得ます。標準試料の濃度を縦軸、信号強度を横軸にプロットした検量線を作成します。そして、未知試料を測定した際に得られる信号強度を、検量線の回帰式に代入して濃度に換算する方法が ” 強度法 ” です。



      (計算のやり方、練習問題は次のコースで扱います)

      参考図書:これからの環境分析化学入門 (小熊幸一ほか編集, 講談社サイエンティフィック)

    • 予備知識:信号強度の検出の原理-イオンクロマトグラフィー

       イオン交換樹脂を充填したカラムに雨水試料を通す。雨水中のイオン成分の種類によってカラムを通過する時間が異なる。複数種類のイオン成分を含んだ試料水をカラムに通してやると、カラムから早く出てくるイオン成分、遅く出てくるイオン成分が分離されて出てくる。その出口で試料水の電気伝導度を計測する。カラムからイオン成分が出てくると、そのイオン成分の濃度が高ければ、それに応じて電気伝導度が上がる。カラムを通過した試料水の電気伝導度を時系列にプロットすると下図のようになる。各ピークにおける電気伝導度の大きさから、試料水中の各成分の量を求める。
      イオンクロマトグラフィの原理は、LASBOS 分析化学(大木):イオンクロマトグラフィ にて



      このように、成分分離して経時的にプロットされる信号強度の図を、クロマトグラムという。クロマトグラムのピークの高さ、もしくはピークの面積を信号強度として出力する。

    • 参考として、雨水に含まれる無機イオン成分を分離して計測する原理を示した(次の絵)。降水を集めて、イオンクロ装置(イオンクロマトグラフィー)に雨水試料を導入、各イオン成分の濃度を測定する。雨水だけを測ればよいのではなく、後述するブランク試料や標準試料も測定しなくてはならない。


      雨水試料を分析するにあたり、まずは、純水をベースに各イオン成分の標準試料を作成する。その標準試料を雨水サンプルの測定と同条件で測定する。例えば、標準試料測定で得られたNO3-の電気伝導度のピーク高さ(信号強度)が以下のようになった。

       

        標準試料     調整濃度                           測定結果(信号強度)

      ① ブランク(NO3-濃度 = 0                        → ピーク高 =     453

      ② 標準試料(NO3-濃度 = 0.002 mg L-1      → ピーク高 =    3600

      ③ 標準試料(NO3-濃度 = 0.02 mg L-1        → ピーク高 =   34031

      ④ 標準試料(NO3-濃度 = 0.10 mg L-1        → ピーク高 =  163223

      ⑤ 標準試料(NO3-濃度 = 0.20 mg L-1        → ピーク高 =  330409

      ⑥ 標準試料(NO3-濃度 = 0.50 mg L-1        → ピーク高 =  814093

       

       6種の標準試料①~⑥の測定結果について、濃度をX軸、信号強度をY軸としてプロットした(図1)。最小二乗法により回帰式を求め回帰曲線(直線)を破線で記した。(エクセルを使えば自動で回帰曲線を作ってくれる)この回帰直線が濃度定量に使う“検量線”である。図1によると、濃度と信号強度の間に高い相関(相関係数 R = 0.9993, 決定係数R2 = 0.9986)がみられた。理想的
      な検量線といえる。


      図1 硝酸イオンの標準試料を測定した結果(縦軸:信号強度、横軸:濃度)

       

       図1にて、回帰式は以下のように表されている。

                   Y (信号強度) = 1628215X (濃度) + 1236

       これを濃度計算の式に直すと、

                   X (濃度) = { Y (信号強度) 1236 }1628215

      である。


    • つぎに、濃度不明の未知試料(A)~(C)を測定して信号強度を得た。これら未知試料の信号強度を回帰式に代入して濃度を求めた。

       未知試料(A)の信号強度(ピーク高)= 550409

       (Aの濃度) = {550409 1236 }1628215 = 0.34 (mg L-1)

        未知試料(A)の信号強度は、標準試料測定による信号強度の範囲内にあり、かつ、良好な回帰直線の上にプロットされたので、確からしい定量結果といえる(図2の赤矢印)。

      図2 未知試料(AC)の測定結果から濃度定量の例

       

       

      未知試料(B)はどうだろうか。

       未知試料(B)の信号強度(ピーク高さ)= 3000

        (Bの濃度) = { 3000 1236 }1628215 = 0.00108 (mg L-1)

        (B)の信号強度は原点近傍であり、濃度がかなり小さいことがわかる。低濃度の標準試料②の信号強度より、ほんの少し小さい。回帰直線の低濃度範囲を拡大表示して見ないことには、確からしさが判別できない。不安である。

       

      未知試料(C)の結果はどうだろうか。

      未知試料(C):信号強度(ピーク高さ)が910000

      (Cの濃度)  = { 910000 1236 }1628215 = 0.56 (mg L-1)

        標準試料を測定した際の信号強度を超えている(図2の黒矢印)。回帰直線を範囲外まで延長しても大丈夫だろうか? 不安である

       

      それでは、(B)(C)の不安を解消しよう。まずは、解決が簡単な(C)から対処する。

    • (C)の対処法(未知試料の測定結果が標準試料測定の範囲を超えてしまった)

       未知試料の信号強度は、標準試料の信号強度の範囲に収める必要があるので、さらに高濃度の標準試料を用意して、検量線(直線)でカバーできる濃度範囲を広げることを試みた。

       追加で、高濃度の
      標準試料⑦:0.7 (mg L-1)と⑧:0.8 (mg L-1)を作って測定した。その結果を図3(⑦と⑧)に追加した。

      図3 高濃度の標準試料⑦と⑧の測定結果をプロット

       

       高濃度の標準試料⑦と⑧を測定すれば、検量線の延長線上(図3の破線上)にプロットされると期待したが、図中の紫色の曲線で示すように、期待したよりも小さな信号強度となってしまった。これは、NO3-濃度が0.5 (mg L-1)を超えた範囲では、いくら濃度が高くなっても、それに比例して信号強度が大きくならないことを意味する。つまり、信号強度が頭打ちになってしまったのだ。

       イオンクロマトグラフィーでは、カラムが保持できるイオンの量には上限があり、カラムのイオン交換樹脂がイオンで飽和(Saturate)して定量上限を迎えてしまったのである。そのようなときは、カラムが保持できる上限濃度を超えないように、分析試料を希釈する必要がある。未知試料(C)の信号強度(ピーク高さ)は9.3105 だったので、図中の回帰曲線(紫色実線)から、その濃度は大よそ0.60.7 mg/Lの範囲にあることがわかる。つまり、この未知試料(C)の体積が二倍になるように希釈(二倍希釈)すれば、その希釈液の濃度は0.30.35 mg/Lになることが期待される。そうすれば、検量線(直線)の範囲に収まるだろう。このように、高濃度の分析試料を希釈すればよい。ちなみに、分析にて、飽和する様子を「サチる(= サチュレーションする)」という。上図の紫色線⑦⑧のように、サチってきたら、手間を惜しまず、逐一希釈しよう。

       なお、イオンクロマトグラフィーに限らず、ほぼ全ての分析手法において定量上限が存在する。繰り返しになるが、低濃度~高濃度の標準試料を用いて検量線を作成し、その範囲内に未知試料の信号強度が収まるようにしなくてはならない。

    • (B)の対処法(濃度が低くて原点付近にプロットされ、詳しく見えない)

       標準試料①~⑥のプロット(図2)で、原点付近を拡大表示した。


      図3 標準試料①~⑥の測定結果で原点付近を拡大表示(①と②だけ表示)

      この図の赤丸は、低濃度の標準試料①と②のプロットである。青破線は標準試料①~⑥の近似直線である。赤丸と近似直線がずいぶん離れている。この近似直線の回帰式に低濃度の信号強度を代入して濃度を求めると、実際の濃度と大きな差が生まれてしまう。そのため、低い濃度範囲(①~③)の標準試料プロットだけで近似直線を作って、低濃度範囲を拡大表示した(図4)。高濃度範囲を除外することで、低濃度範囲専用の回帰式を得ることができた。

       図4 標準試料①~③(低濃度範囲だけ)をプロット



    • 対象成分を含まない試料を「空試料」とか、「ブランク試料」という。これまで幾度も述べてきたように、環境分析化学においては、ブランク測定は分析結果の品質を担保するうえで極めて重要である。どれだけ低濃度まで定量可能なのか、対象成分の汚染の影響はないのかなど、分析化学で様々な問題に対処するとき、必ずブランク試料を測定する。

       機器ブランクと操作ブランク

       分析装置の試料導入口に、理想的なブランク試料を導入して計測すること、もしくは何も試料を導入しないで計測することが機器ブランクである。ここで、理想的なブランク試料とは、水分析であれば超純水、ガス分析であれば超高純度窒素などである。装置自身の性能を示すときに機器ブランクの結果が用いられる。

        これとは別に、環境分析化学では、操作ブランクを調べることが極めて大事である。操作ブランクとは、試料の採取から、保存、試料の前処理、分析装置への導入まで、ブランク試料に対してこれら全ての操作を施したときのブランク測定のことを意味する。なぜ、そのようなことが必要なのだろうか? 本書の冒頭でも述べたように、環境分析化学では、地球上あらゆる場所から試料を採取して、なんとか実験室に持ち帰り、ようやく分析に至る。環境試料中のピコグラムとか、フェムトグラムとか、超微量成分を検出することもある。どの操作で、試料が汚染したり、損失したりするか、予測不能な事態も起こり得る。操作ブランクを調べて、環境試料の分析結果の妥当性を担保しなくてはならない。 

       引き続いて、雨水に含まれる成分を調べるときの操作ブランクについて、簡単に説明しよう。


    • 操作ブランクの調べ方


      成分によって材質を選ぶ必要がある。環境試料の保存方法にも工夫が必要で、外部からの汚染を完全に防ぐようにする。

       

       ブランク測定にあたり、外部からの汚染(コンタミネーション)の有無を調べることが大事である。次ページには、「海洋観測の参考書」から、コンタミに関するコラムを抜粋した。海洋化学は、コンタミとの戦いなのである。

    • ラム  クリーンテクニック-コンタミネーションとの戦い (その1)

      どの分野の海洋学者も船に乗る前の準備はそれなりに大変だ。微量金属を研究する海洋学者は乗船前に多くの洗い物に苦労する。海水中の金属の濃度が極めて低いため、現在でもなかなか簡単には分析できない。採水器一つをとっても、内部をテフロンコートし、Oリングなどは特殊な材質に交換し、それを塩酸と超純水でしっかり洗う。海水の保存容器もクリーンにこだわる。容器の材質は高純度のプラスチック製で、新品であれば良いってわけじゃない。新品のプラスチック瓶を、アルカリ洗剤で浸け置き洗い、濃硝酸→超純水で熱をかけながら洗う。各洗いの工程では、超純水での7回濯ぎが待っている。こうして、ようやく、海の微量金属を測る準備が整うのである。このため海洋の微量金属の研究者は、長期航海の前は数か月もクリーンルームの中に閉じこもり、洗い物を延々と続けて、やっと海に出るのである。一般に海洋学でクリーンテクニックと呼ばれている操作の大部分は、過去の失敗の経験に基づいた、職人的な洗いの技術なのである。その洗いのレシピに忠実に従うのが基本である。海洋の微量金属の研究者は、未知なる海の魅力に取りつかれ、せっせとまたクリーンルームで作業するのである。この苦労を乗り越えて、研究者たちは出港の日を迎える。出港までに準備を間に合わせた充足感と、これから始まる航海での大きな発見への期待が重なって、我々はワクワクしながら海に繰り出してゆく。                                                                                   (低温研 西岡)

    • コラム  コンタミとの戦い (その2)

       本参考書の筆者(大木)も海洋学の分野に入った当初は、札幌で微量金属の研究をやっていた。研究時間の半分はポリ瓶洗いをやっていたように思う。しかし、良い実験結果が得られても、「もしかしたらコンタミ(汚染)では?」と疑心暗鬼になってしまう。これは、コンタミで失敗を経験したからだ。その後、海洋の微量有機ガス(VOC)の分野に転向し、コンタミ地獄とはオサラバだ!と思ったのもつかの間、その分野でもコンタミ・吸着ロスとの戦いが始まった。一生、コンタミ・ロスに悩まされるのだろう。(ずっと、真摯に観測データに向き合うためにも、そう覚悟している) 海洋の化学屋の先輩たちには、探検家、登山家、ボクサー、柔道家、ラガーマン、空手家、etcがいるように、体力・精神的にもタフでなくてはならない。そんなタフな先輩たちは、腰を痛めながらも海洋観測に精を出している。ポリ瓶洗いで培われた精神力が随所で役立つのだ。 タフな新人求む!! もれなく精神修養できます。(もちろん、フツーの人たちもいます。誤解ないように)。                                                                   (大木)

  • 先と同じデータを使って、濃度定量の作業に慣れてもらいたい。

    • 【検量線の練習問題(1)】


      演習作業1)標準試料①~⑧のデータ(濃度値と信号強度)を選んで、散布図を作り、その回帰曲線(直線)を作る。これら全部のプロットで回帰式を作ると、高濃度範囲で信号強度が頭打ちになることを確認しよう。次の作業では、信号強度が頭打ちになってしまっている⑦と⑧のデータを除外して、同様にプロットしてもらう。

       



      ① エクセルでデータ範囲を選ぶ。赤枠で左列がX軸、右列がY軸になる。

      ②「挿入」

      ③「おすすめグラフ」で「散布図」の基本形を選ぶ。

      演習作業2-1)高濃度範囲で直線から外れてしまうプロットを除外してプロット、回帰直線を描く。回帰直線の回帰式の係数や切片の数値の有効桁数を3桁以上となるように、エクセルファイルで書式設定をする(※)。

      (エクセルのデフォルト設定では、小数点以下の桁数が0桁であり、仮に有効桁数が1桁だけの数値を回帰式で使ってしまうと、計算結果に大きな誤差を生んでしまう。例えば、回帰式「y = 6x + 5」の傾き6は、「5.56.4」の範囲にある数字が四捨五入されているので、これだけの誤差を生んでしまう)


      ※ 回帰式の係数の有効桁数の調整方法(エクセルの操作方法の説明)


      ① 図中の回帰式のテキストボックスを右クリック

      ②「近似曲線ラベルの書式設定」を選び、

      ③「表示形式」で「数値」を選び、

      ④ 回帰式の係数や切片の数値が、有効数字3桁以上表示されるように、「小数点以下の桁数」を調整する。(わからなければ、多めに8でも入力しておけばよい) また、「負の数の表示形式」を「-1234」を選ぶ。


      作業2-2)
       低濃度範囲を拡大して表示。低濃度範囲が、回帰直線上に乗る
      か、乗らないかを確認する。



      ① 軸の数値をダブルクリックして、「軸の書式設定」を表示、「軸オプション」で軸の最小値と最大値を調整する。

       

      作業3)低濃度範囲のプロットが回帰直線上に乗るように、低濃度範囲だけを選んで図を作る。どの範囲を選べばよいか、何通りか試してみる。ただし、少なくとも、標準試料のデータ数は3つ以上とする(4つ以上が理想)。

       

      作業4)標準試料の信号強度を使って、回帰式から濃度を計算する。標準試料の調整濃度(真値)と、回帰式から求めた計算値が同じくらいか、大きくずれているかを確認する。回帰式から濃度を求めるのにふさわしいところを、太文字にする。



      上の表では、高濃度範囲を含む回帰式は、①~⑥のデータをプロットして作った。低濃度範囲の回帰式は、①~④のデータをプロットして作った。標準試料の実際の濃度(調整濃度)と、回帰式に信号強度を代入して求めた濃度が、同じくらいであることを確認しよう。仮に、実際の濃度と求めた濃度が大きく違う場合は、何か問題があるので、対処が必要である。