Topic outline
はじめに
分析化学は、物質の量や性質を調べる学問です。「分析化学」の本コースでは、主にその手法や原理を学びます。
世の中にある、ありとあらゆる物の量や状態、性質を調べるのに、分析化学が力を発揮します。工業製品の化学的な質や量を調べたいなら工業化学系の分析化学、薬品だったら薬学系の分析化学、食品だったら農水産系の分析化学など、いろいろあります。水産学部の海洋生物科学科で扱う分析化学は、おもに環境分析化学になります。
環境分析化学では、地球上のあらゆる場所から、物質を採取して、その量や性質を調べます。その物質の量や性質を決める要因を明らかにしたり、生物への影響を明らかにするための学問です。環境科学の一部と捉えることもできます。人間への影響、人間が与える影響が及ぶ場所が対象範囲になります。地球表層の環境は全て対象になるでしょう。いっぽう、地球化学でも分析化学を扱いますが、こちらは人間の影響が及ばない、地球内部や宇宙空間も対象に含まれます。環境分析化学の対象物は、空気や水、土壌、生物体や生物由来の有機物です。水産学部の海洋生物科学科では、3年生になったら、おしょろ丸乗船実習があり、太平洋の海表面から深海5000mまでの水を採取します。そして、その水に含まれる、酸素やリン酸、珪酸、光合成色素など、海洋生態系にかわりのある化学成分を分析します。その結果から海洋環境の仕組みを解き明かそうとするのです。
ところで、地球環境を左右するのは、空気や水、土壌に含まれる極々微量な成分だったりします。海水1キログラム中に対象成分がピコグラムとかフェムトグラムとか、そんなレベルの成分を検出することもあります。また、環境試料を採取した直後に分析機器にかけられることなんて、殆どありません。地球上あらゆる場所から試料を採取して、なんとか実験室に持ち帰り、ようやく測るのです。もしくは、観測現場に分析装置をなんとか持ち込んで、現場で測ることもあります。巨大な研究船に観測機材を搭載するならまだよいですが、漁船やゴムボート、潜水艇、飛行機を使って試料を採取することもあります。重い観測機材を背負って氷河の上を歩くことだってあるでしょう。 環境分析化学には、それぞれ、色々な困難がありそうです
環境分析化学では、試料採取から分析に至るまで、さまざまな問題を想定して、① 観測に用いる器具・装置の選定
② 器具の洗浄
③ 試料の採取方法
④ 試料の保管・運搬方法
⑤ 試料の前処理方法
など、多くの課題を設定しクリアします。そして、ようやく観測現場に出向き、
最後にキッチリやらなくてはならないのが、⑥ 試料採取から分析に辿りつくのです
⑦ 分析結果の整理と検証ですこれら一連の作業①~⑦を完結させるのが“環境分析化学”なのです。“分析化学”の本コースでは、その分析手法の原理(=⑥)を理解するところに焦点があてられます。
みなさんは、本コースで知識を得たうえで、大学3年次の学生実験やおしょろ丸乗船実習で分析化学を現場で学んで欲しいと思います。もちろん、このコースを受けている皆が環境分析の専門家になるわけではありません。理系人として生きてゆくなら、その基礎知識くらいは身に付けておきましょう。
というのも、しばしば、“環境問題に関する風説の流布”まがいなことが報道で垂れ流されることが見受けられます。「放射性物質が検出されました!!」とか、「ダイオキシンが検出されました!!」と扇動的に報じられる様子をみると、報道側が「検出限界の定義や意味」を理解しているとは到底思えないのです。どんな元素だって、環境中に拡散しているのだから、極めて高感度な測定をすれば、どんな元素だって検出できます。せめてテレビ画面の端にでも検出限界値を示して欲しいものです。根拠もなく危険を煽るのは良くないですよね。逆に、環境分析の手法で不正な小細工をすれば、本当に危険な物質が拡散している状況を隠すことだってできます。これらを見抜く力を、全ての知識人が持つべきではないでしょうか。
環境分析化学は環境科学の基盤を成す分野です。環境科学での最重要課題は地球の温暖化に伴う気候変化です(と、あえて断定させてもらいます)。地球が温暖化していることは確からしい事実だし、大気中の二酸化炭素やメタンの濃度が増えれば温暖化することも確かな科学的知見です。人類が二酸化炭素を多量に放出していることも事実です。これらの事実の因果関係を定量的に説明することが難しく、確かな将来予測ができない状況にあります。だから、環境分析により観測事実を積み上げて、確からしさを増す努力が続けてられています。したがって、環境分析における不確かさを極力減らす努力を続けなければなりません。
気候変化では二酸化炭素やメタンの動態が注目されますが、科学界ではその周辺領域の知見も固めて、気候システム全体を理解することを目指しています。科学者個人としては、目先の現象を解明することに没頭することもありますが、これもシステム全体を理解する一部として捉えらられます。
卒業研究の配属先によっては、環境分析化学をひたすら繰り返すこともあるでしょう。先人たちが作り上げたレシピにしたがえばOK !、というルーチン化された項目もあります。実は、先に挙げた、海水中の酸素やリン酸、珪酸、光合成色素は海洋学で最重要パラメタなので、かなりルーチン化されています。だから学生実験や乗船実習メニューとして提供できるのです。
新たな調査項目に挑む場合、先に述べた①~⑥のどこかに問題が生じて、それを何とかクリアしなければならないのが常です。問題が発生すれば解決策を練って再トライします。問題が再発すれば別の策を練って、、、という試行錯誤を繰り返し、ようやく結果に辿りつくのです。何年もかかることだって珍しくありません。途中で諦めてはなりません。その長い試行錯誤の途中で世界初!なことが生まれるハズ。環境分析化学に携わっている研究者たちは、小さくてもいいから“世界初!”を追い求め、忍耐強く、ネバリ強く、ヒタスラ繰り返す。環境分析化学に携われば、忍耐力が養われる特典が付きます! 若者にはお勧めの学問といえるでしょう。
本コースでは、単位や有効数字のほか、検量線、検出下限、ブランク測定の基礎や実践も学びます。とくに、検量線や検出下限については、ある決まったやり方があるわけではないのです。その場、目的に応じて、研究者が定めなくてはなりません。だから、普通、分析化学の教科書には記されていません。しかし、環境分析化学では一番大事なところなのです。
本コースでは、化学平衡の条件式を導出します。これは物理化学や熱力学の範囲になりますが、普通、分析化学とセットで学ぶべきことなので、本コースでもその考え方を学びます。私自身が物理学科出身というのもあって、物理っぽい話しが多くなります。ただ、私も熱力学をイチから学びなおしてコースを作ったつもりです。普通の教科書よりも、丁寧かつマニアックな内容にするつもりです。
※ どんな教科書にも記してある、「単位表記」とか、「物理量」の説明は省きます。