水酸化鉄からFe2+が溶出する半反応式と各成分(1 molあたり)の標準生成ギブズエネルギーを以下に表します。
Fe(OH)3 + 3 H+
+ e- = Fe2+ + 3 H2O
GF0
(kJ/mol) -696.9 0 -78.9 -237.18
生成形と原形の標準生成ギブズエネルギーの合計差⊿Gf0は、
⊿Gf0 = (3(-273.18)+(-78.9))-(-696.9) = -93.54×103
この半反応式の標準電極電位E0を計算します。
E0 =-⊿GF0
/ (n・F) = -(-93.54×103) / 96485 /
1 = 0.969 (V)
ネルンストの式を使って、あるFe2+濃度とpH(H+濃度)、温度(T = 273+25 K)を与えたとき、この半反応の酸化還元電位Eを求めます。
E = E0 -RT/(F)・Ln { [Fe2+] / [H+]3
}
= 0.969
- 0.024387・Ln [Fe2+] + 0.024387・3・Ln [H+]
= 0.969
- 0.024387・Ln [Fe2+] + 0.073161・(1/Log e)・(-pH)
= 0.969 - 0.024387・Ln [Fe2+] - 0.168459pH
pH8.1、酸化還元電位0.45 (V)の海水中にFe(OH)3のコロイドが浮遊しているとき、そのFe(OH)3と溶解平衡にあるFe2+の濃度は0.0003 pmol/L(ピコモル:10-12モル)と非常に低いことが求められます。つまり、Fe(OH)3の粒子は海水にほとんど溶けません。
粒子のまま有機物粒子に吸着して沈降し、海底面に堆積します。堆積物表層のフワフワした層(堆積物表面0~1 cmくらい)では、有機物粒子の分解による酸素消費と、直上水からの酸素供給がせめぎ合っていて、辛うじて酸素が残っている状態になります。そのような層では酸化還元電位がゼロに近づいてきます。E = 0.04 (V)、pH = 7.5では、Fe2+の溶解平衡濃度は0.17 μmol/Lになります。Fe2+濃度が0.17 μmol/Lでは低いと思われるかもしれませんが、海水中の溶存鉄濃度(コロイド状鉄と有機錯体鉄を含む)は10 nmol/L程度なので、この1桁も高いのです。堆積物表層において、Fe(OH)3から溶解したFe2+が腐植有機物と錯体を形成してしまえば、その分、Fe(OH)3の溶解が続くのです。実際に、堆積物表層0~1 cmの層の間隙水中の溶存鉄濃度を測ってみると、数十μmol/Lに達することが確認されています。
(堆積物表層に蓄積している高濃度の溶存鉄の大部分は有機錯体鉄と考えられます。その生成経路としては、
Fe(OH)3粒子から溶出した
Fe2+が腐植有機物と錯体を形成したものと、有機物粒子に含まれていた有機錯体鉄が分解に伴なって海水に溶出したものの両方があると思われます)