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硫酸呼吸(硫酸還元)
酸素はもちろん、硝酸までなくなり、酸化マンガンや水酸化鉄などの酸化鉱物もなければ、硫酸を酸化剤とする生物が優占してきます。硫酸呼吸の反応式は、以下のようにに記されました。
さて、硫酸還元がおこると、反応生成物として硫化水素(H2S)が発生します。ドブ川で腐ったような(よく、卵の腐った臭いと表現される)臭い正体が硫化水素です。多量の有機物が長期間堆積するような場所で硫酸還元が起こるのです。ただし、その元となる硫酸イオンが無くてはなりません。
有機物が沢山あって、硫酸イオンも豊富にある自然環境といえば、海洋堆積物です。(海水には硫酸が豊富に溶けているから) 海洋堆積物を採取すると、硫化水素の香りがすることもあります。海洋堆積物にて硫酸還元が起こり、底層水で酸素がゼロであれば、堆積物から硫化水素が浸み出し、底層水にも硫化水素が蓄積されます。硫化水素は猛毒だから、底層環境を極端に悪化させるのです。下の北海道沿岸 300 mの海底堆積物のコア(円柱状)サンプルをガラス管に封入して保管したものです。堆積物の表面 1 cmくらいの層は、緑茶色を呈しています。これは、表層で生産された植物プランクトン由来の有機物粒子が豊富に含まれているからです。その直下に黒色の層がみえます。この黒色堆積物を採取して塩酸を添加すると泡が発生しました。この発砲気体を塩化鉛(PbCl2)の硫化水素検知管に通したところ、高濃度の硫化水素が確認されました。
なぜ、表面まで硫化水素を発生させる黒色堆積層が至らないのでしょうか。底層海水には酸素が含まれていて、堆積物表面に供給されます。堆積物表層では、酸素呼吸をする微生物が新鮮な有機物粒子を呼吸で分解しています。この酸素を有する堆積物表面層が、下方からの硫化水素の浸出をブロックしてくれているのです。硫化水素は、酸素と出会うと、比較的速やかに酸化されて硫酸イオンに戻るからです。(この硫化物酸化も、バクテリアの作用で速やかに進むと考えられています)
外洋に面した北海道沿岸なので、底層海水には定常的に酸素が供給されているので、堆積物表面までは硫化水素が浸出しません。東京湾など、内湾で有機物粒子の供給が著しい海域では、堆積物表面まで硫化水素が滲出することがあります。
硫化水素は、多くの生物にとって猛毒なので、堆積物表面および底層水に硫化水素が滲出すると、生態系に大きなダメージを与えます。
繰り返しになりますが、堆積物表層での酸素呼吸、その直下での硫酸呼吸が起こる様子を絵に表しました。先のコースにて、生物による呼吸形式の順番は、酸素、硝酸、酸化マンガン、水酸化鉄、硫酸と説明しました。硫酸呼吸が起こる前には、水酸化鉄が酸化剤にされるのです。鉄の還元半反応を下に記します。
Fe(OH)3 → Fe2+ + 3OH-
つまり、硫酸呼吸が起こるような場所では、二価の鉄イオン(Fe2+)が周囲に豊富にあるのです。硫化水素(H2S)は金属イオンと反応して黒色の硫化物を発生させます。
H2S + Fe2+ → FeS + 2H+
堆積物中で黒色を呈しているところを「硫化水素が発生した層」といいましたが、それは、硫化水素と鉄イオンが反応してできた硫化鉄(FeS)が黒色だからです。
青潮の成因
海底堆積物から直上水に滲出した硫化水素は酸素と出会うと速やかに反応して、Sと水(H2O)になります。Sは固体でコロイド状になります。何らかの理由で底層水が表面まで持ち上げられると、Sコロイドのため海表面が青白色を呈するのです。これを青潮とよびます。単体のSも直に酸素と反応してSO42-になります。青潮が発生している水は貧酸素状態にあるので、表層生物にとって死活問題になります。ところで、富栄養化した湖では青潮は起こりません(アオコとは混同しないように)。淡水には硫酸イオンが少ないからです。