堆積物の深さにより変わる化学組成
海洋での粒子状有機物の分解で大事なことは、粒子状有機物が沈降途中の水中で分解するのと、海底面に到達してから堆積物中で分解するのでは、有機物粒子への酸素供給量に大きな違いがあることです。外洋では、粒子状有機物の分解が卓越する水深700 – 1000 mの密度躍層であっても、酸素濃度がゼロになる海域はほとんどありません(ペルー沖太平洋やアラビア海では無酸素状態になる)。しかし、堆積物の表面から数センチにある堆積層では、直上の海水からの酸素供給が著しく制限されます。多量に降り積もった有機物を分解するのに、酸素の供給が間に合わないほどです。そうなると、海洋堆積物では、速やかに無酸素状態に陥ります。無酸素状態で有機物の分解が進行すると、海水中では起こり得なかった様々な化学変化が起こります。下の絵では、海水から酸素や硝酸イオン、硫酸イオンがしみ込んで、それらが有機物を酸化分解する(酸化剤が還元される)様子を表しました。海水中では硫酸が還元されることはありませんが、堆積物の深いところでは硫酸還元が起こるのです。
堆積物の化学における酸化還元電位の重要性
上で説明した呼吸形式(酸化還元反応)は、その場の酸化還元電位の高低により決まります。その酸化還元電位はその場にある酸化剤や還元剤の量によって決まります。酸化剤の代表が酸素です。海水には、大気から供給された酸素が豊富に含まれています。それにより、酸化還元電位は+0.4 (V) くらいを保っています。その酸素が減れば電位も下がるのですが、通常、海水中で酸素濃度がゼロになることはありません。いっぽう、海洋堆積物中には表層から降ってきた有機物粒子を分解する微生物が高密度に生息していて、彼らの呼吸により酸素が急速に消費されます。堆積物では、表面(海底面)から深くなるにつれて酸素濃度が減少し、どこかの深さで酸素濃度がゼロになります。およそ、酸化還元電位もゼロになります。酸素濃度がゼロになっても、有機物が残っていれば、その有機物を栄養源とする嫌気性バクテリアが顔をだしてきます。嫌気性バクテリアたちは、呼吸の酸化剤として、酸素ではなく、硝酸や硫酸を使います。そのようなとき、酸化還元電位はマイナスになっています。水中の酸化還元電位により、どの物質が酸化剤になり得るか(どの呼吸形式の生物が優占するか)が決まります。
人間を含む真核生物は酸素呼吸、原核生物(バクテリア)の中にも酸素呼吸をする生物が多くいます。原核生物には、硝酸呼吸や硫酸呼吸、メタン発酵をする生物種もいます。堆積物中では、深くなるにつれ酸化還元電位が下がるので、堆積物深度によって優占する生物種が変るのです。
※酸化還元反応や、酸化還元電位については、LASBOS Moodleにて大木が提供予定の“分析化学”にて詳しく説明します(しばらくお待ちください)。
ここまで、海洋堆積物について定性的なお話しをしてきました。堆積物化学が面白いのは、理論に基づいた計算と観測結果が一致するところです。次のコースから、難しい説明になりますが、なんとか、ついてきてください。