World Ocean Atlasよりダウンロードした気候値(年平均)のデータから、全海洋の表面(0 m)、密度躍層(750 m)、深層(3000 m)の硝酸塩(Nitrate; N)とリン酸塩(Phosphate; P)を抽出して、XYプロットしました。黒太線が、N/P=16 のラインです。どのようなことが読み取られるでしょうか?
N/P=16のライン(黒太線)の少し下(N/P<16)にほとんどのプロットがあります。
表層(10 m)の特徴
表層10m(×)では、硝酸塩濃度が低いところ(NO3- < 1 μmol/L)でリン酸塩が余っているのが顕著です。基礎生産が窒素制限を受けているエリアが多いため、そのような場所では、リン酸塩の消費が進まないと思われます。
密度躍層(750 m)の特徴
水深750m(♢)でも、レッドフィールド比のN/P=16に対して、リン酸塩が過剰(N/P<16)なのが顕著です。密度躍層の水深750mでは、有機物の分解が卓越して酸素極小が見られます。とりわけ有機物の分解が進んでいるのは、北太平洋亜寒帯と東部北太平洋亜熱帯の酸素極小層です(上図の黄緑枠内)。そこでは、おおよそN/P = 13.3(Phosphate = 3 μmol/L, Nitrate=40 μmol )です。なぜ、北太平洋の亜寒帯と東部亜熱帯の密度躍層【酸素極小層】でN/P比が14と小さな値になるのでしょうかか? 私(大木)なりの考察を以下に記します。
北太平洋の亜寒帯と東部亜熱帯の酸素極小層で、NO3-/ PO43- = 13.3 となる理由を考察
① 栄養塩が豊富な状態で珪藻類が大増殖するとき、珪藻類はN/P< 14の比で栄養塩を吸収することが知られています。栄養豊富な環境で急速に育つ珪藻類は、体内に脂質を多く蓄えるからP比率が高いのです。大増殖した珪藻類が深海に輸送されれば、N/P<14でNO3-とPO43- を海水中に再生するでしょう。北太平洋亜寒帯の酸素極小層で海水中濃度比がN/P=13.3になったのは、表層での珪藻類の大増殖と、沈降してきた有機物の分解による栄養塩再生が原因と思われます。
② 有機物分解が卓越する貧酸素水中には、NO3-をN2に還元する硝酸還元菌が生息することが知られています。密度躍層では粒子状有機物が滞留して、有機物分解と酸素消費が進みます。密度躍層では貧酸素状態に陥り、さらに、有機物粒子中では局所的に無酸素状態に近づくでしょう。すると、密度躍層に滞留している有機物粒子中でNO3-(硝酸)還元が起こり得ます。硝酸還元により海水中からNO3-が失われれば、N/P比が小さくなります。なお、硝酸還元が起こっていることを示す状況証拠もみつかっています。硝酸還元の反応では、N2とN2Oが同時に発生します。硝酸還元反応の痕跡を示すN2Oの分布を調べると、東部北太平洋の亜熱帯では密度躍層(200~1000m)にN2Oの濃度極大がみられるのです。
深層(3000 m)の特徴
深層循環のスタートに近い北大西洋の深層(3000 m)ではNO3-と PO43- の濃度が低いところでは、N/P= 16に近づいています。濃度が高くなると、N/P比が下がっています。深層でN/P比が一番小さいのは、N/P = 13.3(Phosphate = 3 μmol/L, Nitrate=40 μmol )で、ちょうど東部北太平洋亜熱帯の深層で、同図の密度躍層(750 m)のプロットに接続している様子がみられました。
深層水中でN/P<14と低い値を示すのは、南極海や南大洋、太平洋の南北アメリカ沖、東部北太平洋の亜寒帯域です。生産性の高い海域です。生産性の高い海域では、脂質(P)に富んだ有機物粒子の深層への輸送が多いのだと思われます。西部太平洋の亜寒帯域の生産性は高いですが、N/P=14~15とやや高い比率を示します。この理由は、今のところわかりません。
深層で栄養塩濃度が低い大西洋では、N/P=15~16と高い比率を示します。深層循環の出発でN/P=15~16だったのが、いろいろな海域の下を流れる間に、上層からの有機物輸送の影響を受けて、少しずつ変質するのだと思われます。