珪酸 or 硝酸、リン酸、どの栄養成分が基礎生産に対して制限因子になるのでしょうか? これが海洋化学の最重要テーマの一つといえます。では、海洋表面の栄養塩分布を比べてみましょう。
太白線: リン酸塩濃度(0.5 µmol/L)の境界ライン
リン酸塩濃度(0.5 µmol/L)の境界ラインを白太線で表しました。白い太線よりも、暖色系(赤色系)の範囲内が0.5 µmol/Lのリン酸塩がある場所です。 海洋表面にリン酸塩(Phosphate)が年間平均で0.5 μmol/Lもあれば、リン酸塩が豊富な海といえます。これにもとづいて、海洋の生物生産と栄養塩バランスについて説明する。
栄養塩豊富な高生産の海
PO43-、NO3-、Si(OH)4が全てバランスよくあれば珪藻類の増殖に最適な栄養塩豊富な海といえます。そのような、珪藻類が大増殖しうる高生産海域としては、① 南大洋の南緯60度以南、② 北太平洋亜寒帯(北緯35度以北)が該当します。次いで、Si(OH)4は少なめですが、栄養バランスの良さそうなところが、③ 北大西洋高緯度域と④東部太平洋赤道域です。珪酸が足りなくなると、シリカ殻ではなく、炭酸カルシウム殻を形成する円石藻などが増殖します。いずれにしても、これらの海域はクロロフィルが高濃度にあることが確認されています。
珪酸が不足気味の海
いっぽう、PO43-とNO3-は豊富にあるのに、Si(OH)4の欠乏が著しいのが、⑤ 南大洋の南緯40~50度である。この海域では珪藻の増殖が抑制されていることが考えられます。
硝酸が不足気味の海
また、PO43-とSi(OH)4は豊富にあるのに、NO3-の欠乏が著しいのが、⑥ 太平洋側北極海(ベーリング海峡の北)です。この海域では、海氷の融解時期(初夏)に珪藻の大増殖が起こって、栄養塩が急速に消費されるます。夏場、北極海の表面付近は、低塩分・高水温(高水温といっても、プラス数℃)の海氷融解水に覆われてしまいます。表層が著しく成層化するので、栄養塩豊富な亜表層の水が表面にもたらされなくなります。そのため、NO3-が欠乏した状況に陥りやすいのが特徴です。(陸棚堆積物中での硝酸還元による栄養塩窒素の消失も原因と考えられます)
貧栄養の海
どの栄養塩成分も枯渇気味なのが、⑦ 亜熱帯海域である。全海洋面積で大きな割合を占める亜熱帯海域は、“海の砂漠”と言われるように生物生産量が少ないと思われています。しかし、表層で生産された有機物が表層で分解して、栄養塩が再生するので“再生生産量”が大きいことが考えられています。亜熱帯海域では、少ない栄養塩を如何に効率的に利用するのか、興味深いところです。
海洋の栄養塩分布と生物生産性を議論するうえで面白そうな海域を7つ挙げる
① 南大洋の南緯60度以南 → 主要栄養塩成分がどれも豊富
② 北太平洋亜寒帯(北緯35度以北)→ 主要栄養塩成分がどれも豊富
③ 北大西洋高緯度域 → リン酸塩と硝酸塩が豊富
珪酸がやや少ない
④ 東部太平洋赤道域 → リン酸塩と硝酸塩が豊富
珪酸がやや少ない
⑤ 南大洋の南緯40~50度 → リン酸塩と硝酸塩が豊富
珪酸が少ない
⑥ 北極海 → 硝酸塩が少ない
⑦ 亜熱帯海域 → どの栄養塩成分も不足気味
植物プランクトンによるSi取り込みの研究事例を紹介してから、北極海でのNO3-欠乏について紹介しよう。そして、次章にて微量栄養素の鉄による基礎生産の制限について説明する。
植物プランクトンによるSi取り込み
植物プランクトンによる栄養塩取り込みと、海水中での栄養塩枯渇を議論するには、レッドフィールド比(C:N:P = 106:16:1)を使うのが常套手段である。しかし、レッドフィールド比にSi比を加えないのは、Siを必要とする生物が珪藻類や放散虫に限られること、栄養状態によって珪酸殻の厚さが変るため、一定のSi比を与えることができないからである。それでもなお、珪酸の取り込みを考慮するのは大事だから、ある珪藻種、ある栄養状態におけるSi取り込み比率が調べられてきた。海洋植物プランクトンによるSi取り込みの研究事例を紹介しよう。