植物プランクトンによる栄養塩の取り込み比率がレッドフィールド比(C:N:P=106:16:1)に従うと、先に説明しました。主要栄養成分の二つが、硝酸塩とリン酸塩です。もう一つ、主要栄養成分の珪酸塩(Si(OH)4)があります。栄養栄養塩の三成分が豊富にある海域というのは、ケイ素の殻(SiO2;シリカ or Opal)を身にまとう珪藻類が繁茂できる状況にあります。
珪藻による海水中珪酸の摂取と再生を模式的に下に示しました。
珪藻類は、海水中の珪酸(Si(OH)4)を摂取して体内でシリカ(SiO2)にします。生物起源シリカは水和しており、SiO2・nH2Oの化学式で表され、非結晶性で無色透明です。生物起源シリカを合成できる珪藻は強固で透明な鎧を身にまとっているのです。透明なので光合成を阻害することはありません。しかも、多孔質のシリカなので、海水中の栄養成分は無理なく取り込めるし、体内から分泌物や排泄物を出すこともできます。魔法の鎧のようです。死滅した珪藻の殻(SiO2・nH2O)は徐々に溶解して、海水中に珪酸(Si(OH)4)を再生します。ちなみに、非結晶性の純粋なシリカは石英ガラスであるように、不溶性です。
珪藻が身にまとう、魔法の鎧(シリカ)
・ 非常に丈夫、簡単には破砕できません。
・ 無色透明で、光合成を阻害しない
・ 多孔質なので、外から栄養塩を吸収しやすい
・ 多孔質なので、老排出物を捨てやすい
珪藻類は、魔法の鎧を身にまとっているだけでなく、海水中の栄養塩を他の微生物に先んじて吸収することができ、増殖スピードが速いのです。そのため、一般的に、栄養塩が豊富にある海では珪藻類が優占して、高い生物生産性が維持されます。
珪藻類が珪酸を使い尽くすと、珪酸を必要としないプランクトン種(渦鞭毛藻類や円石藻など)が増え始めます。しかし、太平洋では珪酸が尽きる前に硝酸やリン酸が尽きてしまうことが多いので、春季ブルームのあとは窒素制限やリン制限により基礎生産量自体が急に低下します。
ケイ素化合物の呼び名のまとめ(補足)
Si(Silicon)ケイ素は、原子番号14の元素です。Siの酸化物として、SiO2の石英(クォーツ)があります。非結晶性(アモルファス)で純粋なSiO2を石英ガラスと呼び、食器や工芸品、工業用に用いられています。石英ガラスを1300℃以上に熱すると結晶化します。鉱物として産出される石英は結晶性石英で水晶とも呼びます。結晶性石英は、光学レンズや時計の振動子に使われます。食器に使われる石英ガラスのことを、クリスタルガラスと呼ぶことがありますが、クリスタル(=結晶性)、ガラス(非結晶性)なので、矛盾した言葉ですね。これは水晶(クリスタル)のように綺麗な石英ガラスだから、クリスタルガラスと呼ばれるようになりました。
SiO2を含む化合物の総称をシリカと呼びます。生物が作り出すシリカがあって、これはSiO2が水和したもので、SiO2・nH2Oと表されます。純粋なシリカは無色透明で、多孔質な形状になることがあります。工業的に作られる多孔質シリカとして、乾燥材のシリカゲルはご存じでしょう。自然に産出される鉱物シリカをオパールと呼びます。海洋生物がつくるシリカを、海洋学においては生物起源オパールとも呼んでいます。
以下、簡単にまとめます。
SiO2:クォーツ、石英 → 結晶性石英(鉱物として産出:水晶)
非結晶性石英:石英ガラス
SiO2を含む化合物(SiO2・nH2O)の総称:シリカ
(自然に産出するシリカ:オパール)
海水中のシリカは、非常にゆっくりですが、水と反応して
Si(OH)4の珪酸になります。
Si(OH)4は解離して、
Si(OH)3O-になります。何段階にも解離するので、様々な形態の珪酸が存在する。(
Si、
O、
Hを含む化合物の総称を珪酸
(Slicic acid)と呼びます。ただし、珪酸
(Slicic acid)と総称されるものから、シリカは除きます) 河川水は溶存ケイ酸の濃度が高いです。これは雨として降った水が地表付近の岩石と接触して、ケイ酸塩鉱物からケイ素を溶出させた結果です。海水中でケイ酸の最高濃度 180 μmol/Lの2倍以上の濃度が河川水で見られます。真水が一か月も岩石と接触すれば、それくらいのケイ素が溶出するとイメージしてください。
海水中には、シリカの微粒子と珪酸(Si(OH)4やSi(OH)3O-が存在します。海洋学においては、海水中のこれらの物質を一まとめにして、モリブデンブルー法にて測定する。したがって、分析上、水中にあるシリカ微粒子と珪酸は区別されません。そのため、海洋学では「海水中のシリカ濃度は~」とか、「珪酸塩濃度は~」と混在して述べています。
しかし、海水中の溶存ケイ素の大部分はケイ酸として存在するので、海水中の溶存ケイ素は「ケイ酸」、生物の殻に限定して述べるときは「シリカ」と区別しましょう。