主題大綱
(1) 実体顕微鏡の使い方
① 胚は透明で内部が見えづらい。常に鏡の角度を調整し、一番良いポイントを押さえること。
② いろいろな人が使うので、きれいに取り扱うこと。使用し終わったらカバーをかける。
③ アガロースシャーレを使用する時に、傷をつけないように心がけること。針先、ピンセットの先とアガロース表面との距離感をつかむこと。
(2) マニピュレーターとインジェクターの使い方
① 高価であるから大切に使うこと。
② マニピュレーターをスタンドに止めているネジは、しっかりと止めること。緩いと、マニピュレーターが傾いて注射用のガラス針が折れる。
③ X軸はひっこめ、Y軸は中央に、Z軸は中間にセットしてから始める。
④ インジェクターに十分オイルが満たされているか、使用前に確認する。実験が終わったあとに少なくなっているのに気づいたら、はやめにオイルを足しておく。
⑤ インジェクターのホルダーの先端のネジは使い終わったら緩めておく。締め付けておくとパッキンが弱くなる。
⑥ インジェクターのホルダーのマニピュレーターとの取り付けは、緩くないようにすること。
⑦ インジェクションが終わったら、針は可及的速やかに取りはずし、所定の缶に捨てること。放っておくと怪我のもとになります。
(3) 受精卵への溶液注入
① 概要
今回用いるのは、卵膜を除去できるキンギョとゼブラフィッシュの卵である。これらの卵は、卵細胞質の中に卵黄球が浮いた状態にあるため、発生の早い時期であるなら、卵の何処に溶液を注入しても、胚盤の細胞質の中に入れることが可能である。しかしながら、卵膜を除去できない卵では、卵門から針先を挿入したりするなどの新たな技術が必要になる。また、卵黄球が一つで、その周囲に薄い細胞質があるような構造の卵では、薄い細胞質のみに溶液を注入しなければならない場合がある。この場合は、繊細な注入をしなければいけない。
卵内へ注入する溶液には、カルシウムイオンを含めない。カルシウムの流入により、細胞質の収縮等が起こる場合があるからである。使われる溶液の種類として、0.2M KCLやPBS等が使われる。
② FITC-dextran, biotin-dextran溶液(細胞標識)
標識細胞を移植し、外部からその追跡を行う場合は5% FITC-dextranを注射する。移植後、組織学的に細胞を追跡する場合はFITC-dextran溶液にさらに5% biotin-dextran-fixable溶液を注射する。移植胚をブアン氏液等で固定したとき、dextranについたリジンと細胞内のタンパク質が架橋される。その細胞の中にbiotinが固定されるため、これと反応するアビチンを使って、移植した細胞を発色させ位置を特定できる。これらの溶液は、粘度が高いので狭窄部が広い針を用いた方がよい。
③ mRNA溶液(PGC蛍光付与)
PGCに蛍光を付与させるためにmRNA溶液を注射する。この溶液は透明であるため、注射をする際に入った量を確認することが難しい。そのため、GFP蛍光をつけたmRNAを注入する場合は、溶液にローダミンを少し混合させると良い。dsRed蛍光の場合にはFITCを混合するが、蛍光が強いので少なめにした方がよい。
④ 溶液の注入の手順
1. 注入する溶液の入ったテストチューブを遠心し、ゴミを下に落とす。
2. ゲローダーチップをつけたピペットマンp20で約3 μℓの溶液をとる。このとき、溶液の上部から採取すること。
3. 実体顕微鏡下で、狭窄部のついたガラス針の先端部をシャーレの側面に当て、先端を少しだけ割る。
4. このガラス針の後ろからゲローダーチップを差し込み溶液を入れる。このとき、ゲローダーチップの先端に残った液を入れる際には、チップの先を針の中に入った液の手前側まで引き寄せてから入れる。
5. 液を入れた針をインジェクターのホルダーの先端に装着する。このとき、ホルダーの先端のプラスチック部分を緩めすぎないこと。緩めすぎると、この部分を金属部に締め付けた時に針に入った液が先端まで行き過ぎることがある。先端のプラスチック部分をきちんと締め付ける。
6. インジェクター本体のノブをゆっくりと回して、溶液を先端まで移動させる。
7. マニピュレーターにホルダーをつける。
8. マニピュレーターを支えているネジを少し緩めて、マニピュレーターを回転させ、ガラス針の先端を卵の入ったシャーレの液につける。
9. 実体顕微鏡のピントを卵に合わせる。
10. マニピュレーターのxyz軸を動かすノブを回転させて、針の先端を卵につける。
11. 針の先端から溶液が出ているかを確認する。多量に出ていたら、インジェクターのノブをほんの少し反時計回りに回転させて量を少なくする。出ていなかったら、ノブを時計回りに回転させ、少しだけ流れ出るようにする。
12. x軸のノブを動かし針を卵に刺す。刺さりにくかったら、ノブを少しだけ指でたたいて針先を卵内部へ押し込む。
13. 針の先端の溶液の量が、卵の直径の約1/10位まで溶液を入れる。
14. x軸のノブを動かし、針を出す。
15. シャーレを動かして、針先を別の卵へ移動する。12-14を繰り返して溶液を注入する。
16. 卵の方向を変える時は、操作針を用いて卵を移動させる。
(4) 卵黄切除
① 無軸胚を作る、あるいはキンギョの卵黄の運動を押さえるために、卵黄の植物半球を切除する。前者の場合は、1−2細胞期に切除を終える必要がある。受精後、直ちに卵膜を除去し、胚盤の方向が分かるようになったら直ぐに始める。後者の場合は、32細胞期以降ならいつでも良いが、MBTを過ぎてからの方がやりやすい。
② アガロースシャーレ(0.8%位の柔らかめの方がよい)に一次培養液を入れ、卵膜除去卵を並べる。
③ 操作針で卵を動かし、動植物極が分かるようにする。
④ 卵の側面に手術針のグラスウールを軽く当て、一度軽く押す。
⑤ 次にゆっくりとグラスウールを押し付けて、アガロースの面にまでおろして行く。
⑥ グラスウールがアガロース面に付いたら、グラスウールをその軸方向にゆっくりと細かく動かす。
⑦ 卵黄が切れ始めても動かすことはやめずに続け、最終的に切断するまで止めない。
⑧ 動物極側の半球だけ集める。
(5) 胚盤移植
① 胞胚期の胚、手術針、操作針を用意する。
② アガロースシャーレに一培養液を入れ、手術する胚を入れる。
③ 一つの胚(donor)の卵黄部分を操作針で抑え、手術針で胚盤を緯線に沿って切り、胚盤断片を作る(graft)。
④ 同様に、卵黄部分を押さえながら、もう一つの胚(host)の移植部分に切れ目を入れる。
⑤ donor胚の切断部分とhostの切断部分を重ねる。最初に切ってから、重ねるまで一分以内に行うことが必要。
⑥ 2-3分経ってから外れかけていたらもう一度、donorとhostの切断面がくっつくように押さえつける。
⑦ 移植部分が結合していることを確認したら、抗生物質が入っている一次培養液を満たした96穴培養プレートに、一つずつ/穴入れて培養する。この時、培養プレートのwell内に、手術した時の培養液に入っている胚や卵黄の断片を入れないようにする。
(6) 胚細胞移植(BT法)
① 細胞移植用の針を用意する。
② 何も入れずにインジェクターのホルダーに装着する。装着部分にインジェクターのミネラルオイルが入っているのを確認する。
③ インジェクターのノブを時計回りに動かし、ミネラルオイルを針先の方へ入れ、狭窄部の手前で止める。
④ 移植用の針を、移植に使うシャーレの一次培養液の中に下ろす。
⑤ ホルダーと移植針の結合部分のネジを右回り(閉まる方向)に回し、移植針の針先を上方に向ける。
⑥ インジェクターのノブを反時計回りに動かして、一次培養液を移植用針の中に吸い込む。
⑦ 一次培養液を移植針の中間まで吸い込んで止める。
⑧ 未受精卵を選んで移植シャーレに入れ、卵黄部分に移植針を差し込む。
⑨ インジェクターのノブを反時計回りに回し、卵黄を針中(狭窄部分まで)に入れて、内部を卵黄でコートする。
⑩ 一次培養液を移植針に出し入れさせて余分な卵黄を洗い出す。未受精卵を取り出す。
⑪ 移植シャーレの中に細胞標識された胚(donor)と無標識の胚(host)を入れる。
⑫ 標識された胚の胚盤に移植針を差し込む。あまり深く差し込むとYSLを吸い込むことになる。
⑬ インジェクターのノブを反時計回りに回し(少し触る位で良い)、深層細胞(DC)を移植針に吸い込む。狭窄部でDCが止まるくらいが良い。
⑭ 針をdonorの胚盤から抜き、hostの胚盤の移植したい部分へ差し込む。
⑮ インジェクターのノブを時計回りに回し(少し触る位で良い)、移植針中のDCをhost胚へゆっくりと入れる。
⑯ 移植したキメラ胚は、他の胚と混ざらないように分けておく。
(7) 遊離した胚細胞の移植
① 細胞質を標識した胞胚の胚盤を手術針で切除する。
② 胚盤部分を集めてリンゲル液を満たした1.5 mlテストチューブに入れる。
③ 胚盤がテストチューブの底に沈んだら、上部のリンゲル液を取り除く。
④ 胚盤の中にリンゲル液を足し、胚盤が沈んだら上澄みを取り除く。
⑤ これを3度繰り返す。
⑥ 胚盤上のリンゲル液をできる限り取り除く。
⑦ 胚盤に0.25%クエン酸ナトリウムを含むリンゲル液を加え、イエローチップで細胞を解離させる。
⑧ 遠心機で300rpm×1分程遠心して細胞を沈殿させ、上澄みを取り除く。
⑨ 7-8を数回繰り返し、細胞破片を取り除く。
⑩ 細胞の沈殿にCa2+ freeのリンゲル液を200μℓ程加え、イエローチップで細胞を懸濁させる。
⑪ 遠心機で300rpm×1分程遠心して細胞を沈殿させ、上澄みを取り除く。
⑫ 10-11を数回繰り返す。
⑬ わずかにCa2+ freeのリンゲル液を含む細胞懸濁液を、狭窄部を持たない移植針に入れる。
⑭ 針をそっとインジェクターのホルダーに装着する。
⑮ インジェクターのノブを時計回りに回し、細胞懸濁液を針先へ移動させる。この時、溶媒のみが先に移動し、細胞は後から進む空気側に集まって移動する。溶媒の先端を針先まで持って来る。
⑯ 移植針の先端を移植用のシャーレの中に下ろし、溶媒(少量の細胞を含む)を溶液に押し出す。細胞の塊が先端に来るまで液を捨てる。
⑰ 細胞が先端に移動したら、host胚へ針を刺し、少しずつ細胞を移植する。