Perfilado de sección

    • 北方生物圏フィールド科学センター・七飯淡水実験所・山羽研究室の紹介です

    • ※山羽先生は2023年3月に北海道大学を退職されました。


    • 現在、農業では様々な品種が作られ利用されてきています。これを品種改良と呼びます。これは、植物の個々の細胞が様々な細胞に分化できる「分化多能性」をもつことと関係があります。品種改良の方法として、遺伝子の改変(遺伝子導入やゲノム編集)、染色体構成の改変、核細胞雑種の利用、そしてキメラ個体の誘導などがあります。これらの方法は総合して「発生工学」と呼ばれています。発生工学の手法で改良された植物細胞は、培養により個体へと変換され、品種として利用できるのです。一方、動物はどうでしょうか。動物の細胞一つを培養して個体を作り出すことは、現状ではできません。どうしても配偶子(卵/精子)を作成し、受精という過程を経る必要があります。これでは、有用な遺伝子を持つ個体がいても、その配偶子を経なければその遺伝子を利用できないことになってしまいます。もちろん、核移植という方法を用いて個体を作り出せますが、成功率は非常に低いのです。ところが、卵や精子に分化する生殖系列の細胞(ドナー)を、別の個体(ホスト)に移植した「生殖系列キメラ」を作り出すと、ドナーの配偶子を作り出せることがわかってきました。この「生殖系列キメラ」という方法を用いて、魚類の品種改良ができる可能性があります。北海道大学の七飯淡水実験所では、様々な魚類を材料として用いた発生工学の研究に取り組んでいます。

    • 受精卵は一つの細胞です。これが分裂を進めると細胞数が増えるだけではなく、性質の異なる様々な細胞が生まれます。このような異なる性質はどのような機構で生み出されてくるのでしょうか。発生工学の研究を行うには、実際の受精卵からどのような過程を経て体が作られてくるのかを理解しておく必要があります。このような機構が明らかになれば、バラバラにした細胞からも個体を作り出せる可能性があるかもしれません。実際の体には、体を作っている細胞「体細胞系列」の細胞と、次世代の配偶子を生み出す「生殖細胞系列」の細胞があります。

    • 魚類の受精卵は、2倍、4倍と指数関数的に細胞を増やし約1000細胞ほどの胞胚ができます。この時の細胞は将来どのような細胞になるかは決まっていません。ですから、一つの胚の細胞を削って減らしても、他の胚から細胞を持って来て移植しても正常に発生が進みます。(図1.キンギョの胞胚を切断して入れ換えた胚. 図2.胚盤の細胞を増やしたり減らしたりした胚.


    • 図1.胞胚期の胚盤の移植の図。A)赤く染色した胚と未染色の透明な胚。B)染色と未染色の胚盤の上側を切断。C)切断直後。D)切断した部分を入れ換えて移植した直後。E)修復された胚盤。


    • 図2.図1と同様の移植だが、一つの胚盤全体を別の胚の動物極側に移植した移植胚。下は、左から移植胚、胚盤の上部を切除した胚、無処理の胚、を示している。どれも正常に発生する。

    • この胞胚期の胚盤の細胞の分化の方向性を決めるのは、卵黄側からの誘導シグナルです。卵黄といっても、受精卵が分裂する過程で、卵黄側にも核が入り込んでいますので、卵黄細胞と呼ばれます。後期胞胚期の胚盤を卵黄細胞から切り離し、180°水平に回転してもう一度卵黄細胞に再結合すると、この胚からは2つの体を持った個体が多く生まれて来ます。これは、切り離す前に体を作るようになった細胞群と、切り離して結合させた後に体を作るようになった細胞群の両方から体ができるからです。(図3.キンギョの後期胞胚の胚盤を切り離して180°回転させて再結合した胚から生じた2軸の個体.


    • 図3.A-Eは胞胚期の胚盤を卵黄細胞から切り離し、水平に180°回転させて再結合した胚。A-Dは中期胞胚期、BEは後期胞胚期に手術を行っている。F360°回転させ再結合した胚、Gは無処理の胚。

    • このような卵黄細胞が持つ体を誘導する力は、受精直後の胚に起源があります。受精直後の胚を核と細胞質のある動物極側と卵黄が多く含まれる植物極側とを半分に切断すると、細胞は増加し長く伸び、いくつかの細胞は生じるものの、胚体は形成されなくなります。さらに動物極側に近い位置で切断すると、細胞の塊だけになってしまいます。すなわち、受精直後の卵の、切り離された植物極側の部分に、将来の個体を形作る因子が局在していることを意味します。


    • 図4.2細胞期の胚を細いテグスで押し切ると、細胞質を持った動物極半球と、卵黄の多い植物極半球に切り分けられます。


    • 図5.初期の卵割期に動物極半球を切り出し、培養すると正常な形の胚にはならず、回転相称の胚になってしまいます。


    • 図6.1細胞期に細胞質のみを切り出すと、細胞塊のみの胚(KL)になってしまいます。

    • 魚類の生殖系列の細胞は、卵細胞質の中に蓄えられた「生殖細胞質」と呼ばれる特殊な細胞質を取り込んだ細胞から生じます。生殖細胞質は、卵割の際、初期卵割溝の両側に集合します。細胞分裂が進み、この細胞質を取り込んだ細胞のみが生殖細胞へと分化します。初期の生殖細胞は始原生殖細胞(primordial germ cell:PGC)と呼ばれます。生殖細胞質にはタンパク質やmRNAが含まれています。この生殖細胞質を物理的に取り除いたり、mRNAが翻訳されてタンパク質になるのを阻害したりすると生殖細胞がなくなり、不妊の個体となってしまいます。また、この生殖細胞質を模した人工的なmRNAを受精卵に顕微注入すると、生殖細胞質に蛍光を与えたり(図8)、生殖細胞を光らせたり(図9)することができます。


    • 図7.初期の卵割期に細胞質内にあるvasaというmRNAを特異的に染めると、卵割溝の両側に集積しているのが分かります(aからeまで)。


    • 図8. bucky ballというタンパク質に蛍光を与えると、生殖細胞質の分布を調べることができます。


    • 図9.GFP蛍光で始原生殖細胞を可視化したワカサギ胚。

    • キメラとは、複数の受精卵から生じた細胞が一つの個体を形成している生物と定義されています。すなわち、ひとつの受精卵の細胞を別の受精卵へ移植した、上に示したような胚盤を別の胞胚に移植した個体はキメラと呼べます。キメラのうち、体細胞系列の細胞が複数の受精卵に由来する細胞から構成されている個体を「体細胞キメラ」、生殖細胞系列の細胞が複数の受精卵に由来する細胞から構成されている個体を「生殖系列キメラ」と呼びます。

    • 生殖系列キメラ

      魚類の胞胚の細胞は分化多能性を持つので、他の胚から細胞を移植するとキメラを誘導できます。この時、生殖系列の細胞が移植されると、体細胞キメラであると同時に生殖系列キメラにもなります。図10に示すように、キンギョの胚盤にフナの胚盤を移植するとキンギョとフナの両方の細胞を持ったキメラができます。このキメラは、キンギョとフナの両方の卵を産みます。すなわち、一個体で2種類の卵を産む魚を作ることができるのです。

      また、生殖系列細胞の分化のところで示したように、人工mRNAを受精卵へ顕微注入するとPGCsを光らせることができます。この生殖細胞のみを取り出して他の胚に移植すれば、図11のように生殖系列キメラを誘導できます。

      さらに、宿主のPGCsを作らせなくしてドナーから一つのPGCを移植すると、たった一個のPGCからでも生殖腺は形成されてきます(図12)。


    • 10. キンギョの胚にフナの胚を移植すると、赤い色素と黒い色素を持った「キメラ個体」ができます。この個体は、キンギョの卵とフナの卵を両方産みます。ですから体細胞キメラであると同時に生殖系列キメラでもあります。


    • 11.蛍光で光らせた生殖細胞のみを移植した生殖系列キメラ個体です。蛍光を持った生殖細胞は、移植された個体の中で自律的に生殖腺へと移動します。


    • 12.左から無処理の対照個体(Wild)、PGCを作らせなくした対照個体(MO.cont)、PGCを作らせなくした個体に別の個体から一つのPGCを移植した個体(SPT-chimera)、のそれぞれの生殖腺。Wildでは一対の発達した生殖腺が認められるが、MO.contでは認められない。さらにSPT-chimeraでは一方の生殖腺のみが発達している。

    • これまで記載してきたように、PGCを取り出し、PGCを作らなくした別の胚へ移植た生殖系列キメラでは、ドナーの配偶子を形成することが解ってきました。もし、様々な魚種の配偶子をキンギョのように飼い易い魚で作ることができたら、養殖の種苗の生産が劇的に改善されます(図13)。しかし、そう簡単にはいきません。近縁種の配偶子を作ることはできるのですが、遺伝的に遠縁な魚の配偶子はできていません。その理由は様々考えられるのですが、もし障壁が取り除かれたら、ウナギ などの魚が安価に食べれるようになるかもしれません。


    • 13.借り腹による種苗生産の模式図。ドナー(ここではカレイ)の受精卵からPGCを取り出し、ホスト(ここではキンギョ)の胚へ移植し、キンギョでカレイの配偶子を生産させる。


    • 14.染色体の数を増やすためには、細胞分裂を抑制する技術が必要です。左側のカラー写真は、サクラマスの第一卵割の図です。

    • ウシやヒツジなどでは、体細胞の核を卵細胞へ移植して個体を作れるようになってきました。このような手法は核移植と呼ばれています。哺乳類では産子数が少ないため、遺伝的に均質な個体群を得るのが困難です。そこで、肉が美味しい、とか牛乳がたくさん取れるとかいった人間に都合の良い形質を維持するために、その個体の核を移植したクローン個体を作っているのです。しかし、魚では上述した染色体操作を行うとクローン集団を誘起できます。そこで核移植はそれほど重要視されてきませんでした。

      しかし、病気で大量に死んだ後に生き残った個体は耐病性の遺伝子を持った個体かもしれません。これから個体を再生したり系統を樹立したりするのは、育種の重要な仕事です。そのためには生き残った個体から配偶子を作り出さなければなりません。病気で生き残った個体から配偶子を取るのは困難と言わざるを得ません。そこで、この個体の体細胞から生殖細胞系列の最初の段階、すなわちPGCを作り出せないでしょうか。

      魚類では一つの卵に沢山の精子を顕微注入すると、低率ですが胚発生が起こります。この胚からPGCを取り出せないでしょうか。図13は未受精卵に沢山の精子を顕微注入した卵から発生してきた胚の外部形態を示しています。この胚にも生殖細胞質を持つ割球が存在することが明らかになってきました。そこで、そのような割球を取り出し、生殖系列キメラを誘導する研究を行っています。


    • 図15. 

    • 北海道大学の七飯淡水実験所で行われる実習に参加することで、ご紹介した研究を体験することができます。

      実習の詳細はこちら!

  •  七飯淡水実験所