両種とも,孵化直後から全長25mm までは「仔魚期」で,そのうち孵化直後の卵黄のうを持っている仔魚を「卵黄仔魚,卵黄のう仔魚」と呼ぶ。仔魚とは,鰭条(きじょう),つまり鰭の硬い部分の本数がまだ生えそろっておらず,親とは形態が似ていない時期の名前だ。仔魚期の両種の区別は,同定のための文献はあったが(Matarese et al.,1981),体表面上の黒色色素のわずかな分布の違いで同定する必要があり,小型個体ほど難しかった。また,野外採集の仔魚は体表の色素が「網摺れ」で消失していることも多かったから,微妙な個体が多く出現した。DNA 解析すれば確実に判別できるが,たくさんの標本をすべて区別できるほど費用も時間もなかった。だから,同じ標本を繰り返し観察して,どうにか判別できるようになった。
卵黄のう仔魚の特徴はわずかで,マダラのほうが頭部に黒い色素が多く,網摺れしにくい肛門後ろの腹側の色素が,肛門後3 番目くらいの筋節から出現し,尾部腹側の色素列も長い(図6.7)。スケトウダラは頭部色素が少なく,肛門後5 番目以降から出現し,尾部腹側の色素が少ない。卵黄を吸収し終わった仔魚の場合,アラスカ沖のマダラは全長6mm で肛門近くから色素が出現するが,陸奥湾のマダラは全長7.2mm でもまだ肛門から少し離れて出現し,全長7.4mm のスケトウダラと紛らわしい。しかし,マダラのほうが色素過多の傾向はそのままだ。全長16.8mm のマダラ仔魚を観察すると,お腹の上には黒い色素が喉元から肛門近くまで続いているが(図6.7),全長40mm では1 列になり,それより大型だと消失する。しかし,全長16.6mm のスケトウダラでは肛門近くに色素はなく,成長しても列にはならず,消失も早い。
その後,1989 年だけで1 万尾以上を種同定して,尾数をカウントした。南氷洋の調査捕鯨でも,クジラの胃から出てくるオキアミ類などの餌を大量に分類・計数することを考えれば,頑張らねばと思った。その頃読んでいた生態学に関する古い教科書,生態系ピラミッドを初めて描いたイギリスのチャールズ・エルトンによる『動物の生態学』のなかに,「生態系調査の仕事に従事している人が直面している最大の仕事の一つは,すべての動物を同定することだ」(Elton,1953)という記述を見つけた。偉い先生も昔からこういった辛い作業を繰り返していたことを知り,吹っ切れた。自分が手を染めた生態学は,果てしなく続くカウント作業を乗り越えなければ,何の成果も出せないのだ。いつかは必ず終わるときが来ることを信じて,ただ数え続けるのだ。
すべて数え終わった瞬間,他の学生の目もはばからずに,「やったー! 終わったー!」と叫んでしまった。達成感は半端なく,その後1 週間くらいはニヤニヤしていた。いまにして思えば,かなり気持ち悪い大学院生だった。気が付くと研究にのめり込んでいて,砲手への憧れはしだいに薄れ,底生魚類の初期生活史を研究して生計を立てたいと思うようになっていた。
最近では画像の機械学習によってプランクトンなどを判別する技術が開発されており,大量のデータを処理できるようになりつつある。しかし,ここで紹介したマダラとスケトウダラ仔稚魚の分類は,見分けなければならない形質が微妙すぎて,まだ実用には程遠いと思う。今後に期待したい。