ユビナガのオス間闘争における RHP の評価パターンを示した Yasuda and Koga(2016b)では,闘争中の局面(闘争時間)を解析していない。この元となったテナガの研究(第4章※1)では,オス間闘争の闘争時間を「単独オスがガードオスに闘争を仕掛けてからオス同士が一定時間闘争をしなくなるまで」と定義していた。しかし,ユビナガでは,ガードオスからメスを奪った単独オスがそのメスを放棄したり(メス捨て:図5.7b),さらに元のガードオスが再びそのメスをガードしたことで,もう一度単独オスが闘争を仕掛けるなど,闘争の終了が不明瞭な例があった。数例であれば特例とみなし,これらの闘争を抜いてデータをまとめることも考えたが,メスを手放した単独オスが想像以上に多かったため,泣く泣く闘争時間の解析をあきらめた。
データ解析では厄介だった「メス捨て行動」だが,これ自体はとても興味深い現象である(単独オスの勝手極まりない行動を面白がる人も多い)。単独オスはなぜメスを手放すのか。奪ったメスに価値がなければ捨てるのも止む無しかと,単独オスが野外でガードしていたメスと相手から奪ったメスの体サイズを比べてみたが,奪ったメスのほうが小さい傾向はなかった(Yasuda and Koga 2016b:成熟度は比較できず(本文参照))。相手が持っているとキラキラしていた「かばん」も,いざ手に入れてみるとくすんで見えるのか。しかし,メスがいなければ父性を獲得できないオスに,相手から力づくで奪ったメスを捨てる行為に何のメリットが……。実際,ヨモギとテナガのオス間闘争では「メス捨て」を見たことがない。一方で,ホンヤドでは一部のオスが相手から奪ったメスを放棄することが報告されている(谷川ら 2012)。
「宿借り」のアイデンティティ(?)である宿を捨ててまで自分のメスを連れて逃げ出すガードオスと,エネルギーや時間をかけて他のオスから奪ったメスを簡単に手放す単独オス。理由は謎のままである。ただ,ユビナガもホンヤドも,繁殖期が長く,メスが何度も産卵できる共通点がある。ひょっとしてオス側に「いまのメスを捨ててもかまわない」余裕があるのだろうか。しかし,単独オスを元のメスと出会わせると,メス捨てなどせずにガードし続けるのである。交尾が済めばすぐ他人の顔をするオスであるが,「メスなら誰でもいい(初対面で “未知の” メス)」のではなく,「自分がガードしてたメス(数日連れ添った “既知の” メス)」が好きなのかもしれない。
※1 修士研究(書籍のみで言及。本コースでは紹介していない)