Topic outline
ポイント
・海氷により年間を通した採集が困難な北極海で、氷上設置定点から時系列採集された試料を解析。
・北極海の深海に優占するアエティデウス科カイアシ類5種の同定法を確立し、生活史を解析。
・餌が乏しい極夜では、種ごとに分布深度を変え、餌を巡る競争を緩和し再生産を行うことが判明。
概要
北海道大学大学院水産科学研究院の山口 篤准教授、米国のウッズホール海洋研究所とロード・アイランド大学の研究グループは、1997-1998 年に北極海の氷上定点で時系列採集された、プランクトンネット試料を解析し、粒子食性動物プランクトンのアエティデウス科カイアシ類5種について、初期発育段階までを見分ける同定法を確立し、生活史を明らかにしました。
北極海は冬期間に結氷するため、年間を通した動物プランクトン試料採集が困難で、動物プランクトンの生活史に関する知見は乏しいのが現状です。本研究では、氷上定点の時系列プランクトン採集で、史上最も成功した氷上定点 SHEBA の試料を用い、未解析であった、水深 200 m 以深の深海に出現するアエティデウス科カイアシ類 5 種について解析しました。その結果、粒子食性の同科5種は、餌の豊富な白夜にはいずれも同じ水深に分布していたのに対し、餌が乏しい極夜には種によって分布深度を変えることで、餌を巡る競争を緩和させながら、再生産を行うことがわかりました。
本研究の成果は、日照が無い極夜でも生物生産が活発に行われていること、また北極海の深海の動物プランクトン相に優占するカイアシ類の同じ科に属する 5 種の種同定方法を確立し、その生活史を明らかにしたことから、今後の極域生物海洋学における重要な知見となることが期待されます。
なお、本研究成果は、2022 年 8 月 19 日(金)に Frontiers in Marine Science 誌にてオンライン掲載されました。
北極海の氷上定点における時系列採集により評価された、アエティデウス科カイアシ類4種の白夜と極夜における分布水深と再生産時期。
実線は白夜と極夜における分布水深を、点線は両時期の変換期における分布水深移動を示す。両方向の矢印は、個体群構造から推定された、各々の種の再生産時期を示す。上の三角印は採集日を表す。種同定が可能になったアエティデウス科カイアシ類5種のうち、最も分布水深の深い種(アエティデオプシス・ロストラータ)は、出現個体数密度が少なく再生産時期の特定が出来なかったため、図中には含んでいない。
背景
近年、北極海では海氷の融解タイミングの早期化や海氷面積の減少など、気候変動に起因すると考えられる、海洋環境の変化が観測されています。海洋環境の変化が海洋生態系に与える影響が懸念されていますが、北極域の海洋生態系を構成する主要生物である動物プランクトンの生活史に関する知見は未だに乏しいのが現状です。この理由として、北極海は冬期間に結氷するため、1年間を通した試料採集が困難なことが挙げられます。これを克服するのが、海氷上に設けられた氷上定点における時系列採集です。氷上定点での時系列プランクトン採集で、史上最も成功したのが米国とカナダによって実施された研究プロジェクト「SHEBA」でした。SHEBAプロジェクトではカナダの砕氷船を観測基地として用い、1997年10月から1998年10月にかけ、西部北極海の氷塊上に係留し、時系列プランクトン採取を行いました。
SHEBAで採集された動物プランクトン試料を用い、米国ウッズホール海洋研究所の研究者によって、いくつか解析が行われていましたが、深海域に分布する種の生活史については未解明なままでした。
研究手法
本研究では、1997年10月から1998年10月にかけSHEBAで採取された試料を用いました。SHEBAでは、約2週間に1回の動物プランクトン層別採集が行われ、採集試料は4%ホルマリン海水に固定されました。
同試料中に優占する動物プランクトンのうち、未解析であった深海域に優占する粒子食性のアエティデウス科カイアシ類5種について、身体の各部位長を計測することにより(図1)、若い発育段階を含む全ての発育段階の種同定が可能になりました(図2)。また各種各発育段階の深度分布と、個体群構造の季節変化を明らかにし、いつ再生産を行うかを評価しました(図3)。
【参考図】
図1.アエティデウス科カイアシ類の幼体の種同定に用いる計測部位。
図2.アエティデウス科カイアシ類の各発育段階における計測部位長の散布図。種によりプロットされる位置が異なり、種同定に用いることが出来る。
図3.SHEBAサンプルに出現した、分布深度の浅いアエティデウス科カイアシ類4種の出現個体数(上)、発育段階組成と平均発育段階(下)の季節変化。
研究成果
アエティデウス科カイアシ類5種のうち1種は、年間を通して水深1,000 m以深に分布し出現個体数密度も低いものの、残りの4種は白夜(5月-8月)になると水深600-700 mに集中して分布していました。一方、極夜(11月-1月)では種によって分布深度が異なり、2種は分布深度が300-400 mへと浅くなり、1種はそのまま600 m付近に分布し、1種は分布深度が800 mへと深くなっていました(概要図)。同じ科でありながら極夜における分布水深が種ごとに異なることは、光が乏しく深海への沈降粒子量が少なく、餌が乏しい季節に、餌を巡る競争を緩和させるためであると解釈されました。
また、個体群構造の季節変化から推定された再生産時期は、分布水深の異なる種間で異なっていました。極夜に分布水深が浅くなる2種の再生産は、極夜の後期にあるのに対して、極夜も深い水深に留まる2種の再生産は、極夜の初期にあったことがわかりました。
今後への期待
従来、極夜は日照が無いことから生物生産が乏しいと考えられていました。しかしアエティデウス科カイアシ類5種の再生産時期はいずれも極夜にありました。本研究の結果は、極夜の北極海の深海域は、従来考えられていたよりも生物活動が活発なことを示しています。
また、同所的に出現するアエティデウス科カイアシ類5種の身体の各部分を計測することにより、若い発育段階から種同定をする方法が確立されました。アエティデウス科カイアシ類は北極海の深海で沈降粒子量の40%を消費すると試算されている、物質循環における重要な種です。今後は本研究によって確立された方法を用いて、本科カイアシ類の生態研究がより発展することが期待されます。
論文情報
論文名 Inter-species comparison of the copepodite stage morphology,vertical distribution, and seasonal population structure of five sympatric mesopelagic aetideid copepods in the western Arctic Ocean
(西部北極海における中層性アエティデウス科カイアシ類の同所的な5 種の発育段階形態比較、鉛直分布及び個体群構造の季節変化)
著者名 古口優之介1、徳弘航季2、Carin Ashjian3、Robert Campbell4、山口 篤1,5
(1 北海道大学大学院水産科学研究院、2 産業技術総合研究所、3 米国ウッズホール海洋研究所、4 米国ロード・アイランド大学、5 北海道大学北極域研究センター)
雑誌名 Frontiers in Marine Science(海洋学の専門誌)
DOI 10.3389/fmars.2022.943100
公表日 2022 年8 月19 日(金)(オンライン公開)