セリフォルミスが高密度で分布していたのは、広尾沖、釧路沿岸、厚岸の岸寄りを除く定点でした。現場海表面クロロフィル a 濃度(X: µg L−1)は 3.6–39.8 µg L−1 の間にあり、セリフォルミスの細胞数密度(Y: cells mL−1)の間には、Y = 27.07 X −110.82 で表せる、寄与率 85%の有意な正の関係がありました。この回帰式の傾きを利用すると、セリフォルミスの細胞内クロロフィル含有量は 37 pg cell−1と見積もられます。セリフォルミスの細胞数密度を目的変数、環境要因を説明変数とする一般化線型モデル解析を行ったところ、各種栄養塩のうち、リン酸塩と正の関係があることが明らかになりました。 調査海域を通して、海表面植物プランクトン密度は 38–9033 cells mL−1 の範囲にありました。各種の細胞数密度に基づくクラスター解析の結果、植物プランクトン群集は A~D の 4 群集に分けられました。4 つの植物プランクトン群集のうち、群集 A に含まれる定点が 32 定点中 18 点と最も多く、群集 A は渦鞭毛藻類のセリフォルミスが細胞数密度の 92%を占めて卓越し、その平均細胞数密度は 999 cells mL−1と、他の群集(77–152 cells mL−1)を圧倒していました。調査海域における海表面水温は 13.9–18.1℃、塩分は 27.6–33.7 の範囲にありました。調査期間における衛星データに基づく海表面水温とクロロフィル a 濃度からも、高いクロロフィル a 濃度が見られたのは、襟裳岬以東の低水温な水塊であることが伺えました。
道東沿岸ではこれまでに、1972、 1983、 1985、 1986 年の秋季に赤潮が発生したことが報告されています。赤潮の発生期間は年によっても異なるものの、9 月 3 日~10 月 1日、海域としては十勝沿岸、原因藻類として渦鞭毛藻類、被害としてはサケ定置網での漁獲量の低下が報告されています。注目されるのは、これら道東海域で赤潮が起こったときは常に、「水温が例年に比べて高い」という記述があることです。カレニア属は 2 本の鞭毛による移動能力を持ちます。その移動能力は大きく、ミキモトイは 1 日あたり水深 20m 規模の日周鉛直移動を行い、その移動速度は 2.2mh−1 に達し、カレニア・ブレビスの移動速度は 1mh−1 とされています。セリフォルミスも顕微鏡下の観察にて、極めて高い運動能力を持つことが確認されています。セリフォルミスの細胞サイズは、ミキモトイやブレビスの倍程度も大きいため、その日周鉛直移動能力は高いことが予想されます。
海水の比重は高水温かつ低塩分条件で軽くなります。これは、低塩分な親潮域で「例年より海面が高水温」な状態だと、水温躍層が強固に発達することを意味しています。水温躍層が発達すると、躍層以浅の栄養塩は枯渇し、移動能力を持たない植物プランクトン(珪藻類など)の増殖は困難になります。一方、移動能力の高い渦鞭毛藻のカレニア属は、昼間は表層に分布し光合成を行い、夜間は躍層以深に潜り栄養塩を補給するという日周鉛直移動を行えます。例年より高水温が続き、躍層が発達した 1972、 1983、 1985、 1986 年は、この運動能力の高い渦鞭毛藻類のみが増えることができる状態が長く続き、種組成が単純になっていたところに、降雨のあとに河川流量が増加して沿岸域に栄養塩が供給され、その単一種が大増殖し赤潮を形成する「降雨型赤潮」であったと説明されています。
2021 年のセリフォルミスの大規模有害赤潮は外洋域にも広範囲に観察されており、沿岸の一過的な「降雨型赤潮」と解釈するのは難しいといえます。これらの事柄を考慮すると、2021 年秋季の北海道太平洋沿岸におけるセリフォルミスの赤潮発生メカニズムとして、「海水温上昇→水温躍層強化→珪藻(競合生物)減少→移動能力のあるセリフォルミスが日周鉛直移動により栄養塩を補給し増加→セリフォルミスの優占する表層群集形成→低気圧通過→成層弱化/鉛直混合/有光層栄養塩増加→セリフォルミスが赤潮化」というシナリオが考えられます。