Topic outline
ポイント
・2021 年秋季に北海道太平洋沿岸に起こった有害赤潮藻の水平的な群集構造解析に成功。
・道東海域における赤潮発生メカニズムを過去の赤潮発生文献調査により推定。
・赤潮の被害低減のために、衛星アルゴリズムによる早期検知と防除対策準備の重要性を指摘。
概要
北海道大学大学院水産科学研究院の山口 篤准教授、松野孝平助教、同水産学部附属練習船うしお丸の飯田高大助教らの研究グループは、2021年秋季に北海道太平洋沿岸で起こった有害赤潮藻の群集構造解析に成功しました。うしお丸で昨年 10 月に、北海道太平洋沿岸の 32 点で表面採水を行い、植物プランクトン群集を観察したところ、群集は 4 つに分かれ、赤潮原因藻であるカレニア・セリフォルミスが卓越した群集の細胞数密度が高くなっていました。植物プランクトン量の指標となるクロロフィル aとセリフォルミスの細胞数密度の間には有意な正の関係が観察されました。また、環境要因とセリフォルミスの細胞数密度の関係を解析した結果、栄養塩のリン酸塩濃度と有意な正の関係が見られました。
北海道太平洋沿岸ではこれまで、1972、 1983、 1985、 1986 年の秋に赤潮の発生が報告されています。各年で共通する赤潮の発生要因として、例年より1–3℃高い水温の、水温躍層*1が発達した条件下で、表層の栄養塩が枯渇していたことが挙げられます。植物プランクトンの増殖には栄養塩と光合成を行うための光の両方が必要ですが、この環境下では光量が豊かな表層では栄養塩が不足するため、移動能力を持たない珪藻類などの植物プランクトンが増殖するのは困難です。一方、セリフォルミスには鞭毛による移動能力があるため、夜間に下層に移動して栄養塩を補給し、昼間に表層で光合成を行って増殖することで優占することができます。その後に密度躍層の崩壊が生じて下層より栄養塩が供給され、大規模な有害赤潮が発生したと考えられました。本研究によって、赤潮の被害低減には、衛星による早期検知を行い、セリフォルミスが低密度なうちに防除対策を施す重要性が指摘されます。
なお、本研究成果は、2022 年 5 月 25 日(水)発刊の「水産海洋研究」に掲載されました。
(a)調査時期における海表面水温。道東海域に,低水温な親潮水が存在していた。
(b)調査時期における海表面クロロフィルa。水温の低い道東の親潮水域で高く,セリフォルミスの水平分布と一致していた。
背景
2021 年秋季に北海道太平洋沿岸域で発生した「大規模有害赤潮」は、サケ定置網内でのサケの斃死や、エゾバフンウニの大量死を引き起こしました。その被害量はサケ 27,900 尾、ウニ 2,800トンにのぼり、全道的な漁業被害額は 2022 年 2 月 28 日現在で 81.9 億円になると報告されています。
この大規模有害赤潮の原因藻類とされているのが、渦鞭毛藻類のカレニア・セリフォルミスです。これまで日本でのカレニア属による赤潮は、西日本の瀬戸内海や九州沿岸域を中心とした、カレニア・ミキモトイによる被害が報告されています。このミキモトイの北海道における出現は、北海道南部の函館湾で報告されており、日本海を北上する対馬暖流水により輸送されたと考えられています。一方、2021年の大規模有害赤潮原因藻であるセリフォルミスは、2004年にニュージーランド南島から記載された種です。これまでにメキシコ湾、ニュージーランド、オーストラリア、チュニジア、クウェートで赤潮形成が報告されており、おそらくミキモトイとセリフォルミスは汎世界的な分布を示すとされています。
2021年の大規模有害赤潮に関しては、セリフォルミスの遺伝子解析や細胞サイズ、また赤潮形成海域の海洋学的な特性と、粒子追跡モデルによる起源海域の推定が行われています。大規模有害赤潮のセリフォルミスについては、遺伝的に同一とされた株による赤潮がロシア・カムチャッカ半島東岸において、2020 年秋季に起こったことが報告されています。道東沿岸域ではこれまでにも、1972、 1983、 1985、 1986 年に渦鞭毛藻類による赤潮の発生が報告されています。これら道東沿岸域における赤潮発生に関するメカニズムは「降雨型赤潮」とされています。しかし 2021年の大規模有害赤潮の発生は、ある特定の一海域に留まらず、被害範囲は根室沖から襟裳岬までの地理的な広範囲に及ぶため、その成因や発生メカニズムを再考する必要があると思われます。
そこで本研究では、2021 年 10 月 6–12日にかけて襟裳岬西岸から厚岸沖の広範囲で表面採集した試料中に出現したセリフォルミスの細胞数密度と、植物プランクトン群集の水平分布を明らかにし、既報の道東沿岸域における赤潮の報告についてまとめ、大規模有害赤潮の起こる条件について考察しました。
研究手法
2021 年 10 月 6–12 日に、本学水産学部附属練習船「うしお丸(179 トン)」により、襟裳岬西岸から厚岸沖にかけて設けた全 32 点で表面海水1Lを採水しました。採水試料は、終濃度 1%になるようにグルタールアルデヒドを添加することで固定し、植物プランクトン細胞数を計数しました。また植物プランクトンの含有色素である、クロロフィルaを測定しました。赤潮原因藻であるセリフォルミスの野外における高密度条件を明らかにするために、環境要因として、水温、塩分、硝酸塩、亜硝酸塩、アンモニウム塩、リン酸塩、ケイ酸塩濃度を独立変数、セリフォルミス細胞数密度を目的変数とする一般化線型モデルによる解析を行いました。単細胞生物の種または属ごとの細胞数密度のデータに基づき類似度マトリックスを作成した後、平均連結法でデンドログラムを作成し、任意の類似度で区切ることによって、植物プランクトン群集分けを行いました。調査期間における海表面水温とクロロフィルaの水平分布の評価には、JAXA の提供する気候変動観測衛星GCOM-C「しきさい」を用いました。
研究成果
セリフォルミスが高密度で分布していたのは、広尾沖、釧路沿岸、厚岸の岸寄りを除く定点でした。現場海表面クロロフィル a 濃度(X: µg L−1)は 3.6–39.8 µg L−1 の間にあり、セリフォルミスの細胞数密度(Y: cells mL−1)の間には、Y = 27.07 X −110.82 で表せる、寄与率 85%の有意な正の関係がありました。この回帰式の傾きを利用すると、セリフォルミスの細胞内クロロフィル含有量は 37 pg cell−1と見積もられます。セリフォルミスの細胞数密度を目的変数、環境要因を説明変数とする一般化線型モデル解析を行ったところ、各種栄養塩のうち、リン酸塩と正の関係があることが明らかになりました。 調査海域を通して、海表面植物プランクトン密度は 38–9033 cells mL−1 の範囲にありました。各種の細胞数密度に基づくクラスター解析の結果、植物プランクトン群集は A~D の 4 群集に分けられました。4 つの植物プランクトン群集のうち、群集 A に含まれる定点が 32 定点中 18 点と最も多く、群集 A は渦鞭毛藻類のセリフォルミスが細胞数密度の 92%を占めて卓越し、その平均細胞数密度は 999 cells mL−1と、他の群集(77–152 cells mL−1)を圧倒していました。調査海域における海表面水温は 13.9–18.1℃、塩分は 27.6–33.7 の範囲にありました。調査期間における衛星データに基づく海表面水温とクロロフィル a 濃度からも、高いクロロフィル a 濃度が見られたのは、襟裳岬以東の低水温な水塊であることが伺えました。
道東沿岸ではこれまでに、1972、 1983、 1985、 1986 年の秋季に赤潮が発生したことが報告されています。赤潮の発生期間は年によっても異なるものの、9 月 3 日~10 月 1日、海域としては十勝沿岸、原因藻類として渦鞭毛藻類、被害としてはサケ定置網での漁獲量の低下が報告されています。注目されるのは、これら道東海域で赤潮が起こったときは常に、「水温が例年に比べて高い」という記述があることです。カレニア属は 2 本の鞭毛による移動能力を持ちます。その移動能力は大きく、ミキモトイは 1 日あたり水深 20m 規模の日周鉛直移動を行い、その移動速度は 2.2mh−1 に達し、カレニア・ブレビスの移動速度は 1mh−1 とされています。セリフォルミスも顕微鏡下の観察にて、極めて高い運動能力を持つことが確認されています。セリフォルミスの細胞サイズは、ミキモトイやブレビスの倍程度も大きいため、その日周鉛直移動能力は高いことが予想されます。
海水の比重は高水温かつ低塩分条件で軽くなります。これは、低塩分な親潮域で「例年より海面が高水温」な状態だと、水温躍層が強固に発達することを意味しています。水温躍層が発達すると、躍層以浅の栄養塩は枯渇し、移動能力を持たない植物プランクトン(珪藻類など)の増殖は困難になります。一方、移動能力の高い渦鞭毛藻のカレニア属は、昼間は表層に分布し光合成を行い、夜間は躍層以深に潜り栄養塩を補給するという日周鉛直移動を行えます。例年より高水温が続き、躍層が発達した 1972、 1983、 1985、 1986 年は、この運動能力の高い渦鞭毛藻類のみが増えることができる状態が長く続き、種組成が単純になっていたところに、降雨のあとに河川流量が増加して沿岸域に栄養塩が供給され、その単一種が大増殖し赤潮を形成する「降雨型赤潮」であったと説明されています。
2021 年のセリフォルミスの大規模有害赤潮は外洋域にも広範囲に観察されており、沿岸の一過的な「降雨型赤潮」と解釈するのは難しいといえます。これらの事柄を考慮すると、2021 年秋季の北海道太平洋沿岸におけるセリフォルミスの赤潮発生メカニズムとして、「海水温上昇→水温躍層強化→珪藻(競合生物)減少→移動能力のあるセリフォルミスが日周鉛直移動により栄養塩を補給し増加→セリフォルミスの優占する表層群集形成→低気圧通過→成層弱化/鉛直混合/有光層栄養塩増加→セリフォルミスが赤潮化」というシナリオが考えられます。
今後への期待
2021 年の大規模有害赤潮の場合、高濃度のクロロフィル a が 8 月下旬には既に始まっていたことが衛星の海表面クロロフィル a のモニタリングによって明らかになっています。カレニア属はその補助色素から、衛星データにもとづく検出が可能なことが、瀬戸内海やアイルランド南岸におけるミキモトイ、フロリダ半島西岸におけるブレビスについて報告されています。これら衛星データを用いたアルゴリズムから、道東海域においてもカレニア属の検出が可能であると考えられます。赤潮の防除策として、海底耕耘による珪藻(競合生物)の発芽促進、藻場造成(微生物学的防除)や活性粘土の散布(凝集除去)があります。セリフォルミスの防除策として、何が有効かは今後の研究評価が待たれます。しかしセリフォルミスが優占する水塊を衛星データの補助色素アルゴリズムにより検出し、赤潮ほど高密度になる前に、事前に準備した何らかの防除対策を施すことが重要であると考えられます。
論文情報
論文名 2021 年秋季北海道太平洋沿岸における有害赤潮藻 Karenia selliformis の水平分布及び植物プランクトンの群集構造
著者名 山口 篤 1, 3、 濱尾優介 2、 松野孝平 1, 3、 飯田高大 4
(1 北海道大学大学院水産科学研究院、2 北海道大学大学院水産科学院 3 北海道大学北極域研究センター、4 北海道大学水産学部附属練習船うしお丸)
雑誌名 水産海洋研究(一般社団法人「水産海洋学会」の発行する査読付き和文誌)
DOI 印刷媒体が発刊後、1年後に付与予定
公表日 2022 年 5 月 25 日(水)(オンライン公開は 1 年後)
参考図
図1.クロロフィル a 濃度(X: µg L−1)と,カレニア・セリフォルミス細胞数密度(Y: cells mL−1)の関係式。本関係式により,カレニア・セリフォルミスの細胞内含有クロロフィル a 色素量が,37 pg cell−1 であることがわかる。この関係式を使うことにより,衛星より検出することの出来るクロロフィル a 濃度から,カレニア・セリフォルミスの細胞数密度を推定することが可能。
用語説明
*1 水温躍層 … 海水の比重(密度)はおもに水温と塩分によって決まり、高水温かつ低塩分の海水の 比重は軽く、低水温かつ高塩分の海水の比重は高い。海表面が日射などにより高水温になると、低水温の深海との間に水温差による密度の不連続層が発達する。この水温差に起因する密度躍層(みつど やくそう)は「水温躍層」と呼ばれる。ちょうどお風呂を温めた際に、表面は温かいのに、下の方は冷たいままであるのも、この水温躍層と同じ、水温差に起因する水の密度差の例である。水温躍層以 浅は混合層と呼ばれ、海水の混合が起きるが、水温躍層以深とは密度差により、密度躍層を越える海水の混合が妨げられる。この水温躍層を境目とする海水混合の差により、躍層以浅と躍層以深で、植物プランクトンが光合成を行う際の必須元素である、窒素やリンなどの栄養塩濃度は大きく異なる。躍層以浅の栄養塩濃度は植物プランクトンの光合成により消費されて低濃度であるが、躍層以深の栄養塩濃度は植物プランクトンによる消費も少なく、かつバクテリアによる有機物分解も行われるため、高濃度である。