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  • 野外の動物プランクトン糞粒に関する新しい定量法 ~地球環境変動に影響を及ぼす海洋物質循環の正確な定量評価への貢献に期待~


  • ポイント

    ・海洋の物質循環の主要な駆動源である動物プランクトン糞粒の新しい定量法を開発。

    ・細かい目合いのプランクトンネット採集試料を画像イメージングスキャンして解析。

    ・野外における動物プランクトン糞粒の量やサイズの昼夜差の評価に世界で初めて成功。

  • 概要

     北海道大学大学院水産科学研究院の山口 篤准教授,松野孝平助教らの研究グループは,夏季の南部オホーツク海において水深0-1000 m間を昼夜で層別採集した動物プランクトン試料を用いて,試料中に大量に出現した動物プランクトンの糞粒を対象として,野外における動物プランクトン糞粒の量とサイズに関する新しい解析手法を開発しました。

     海洋の物質循環は地球環境変動に影響を及ぼします。海洋における物質循環は物理的な拡散に加えて,動物プランクトンが排泄した糞粒による沈降輸送が,駆動源として大きな役割を果たすことが知られています。これまで動物プランクトンの糞粒の量的な評価には,海洋の所定の水深にある一定期間係留して,上層からの沈降粒子を捕集するセジメントトラップが用いられてきました。しかしセジメントトラップによる捕集には,最低でも23日間の捕集係留期間が必要で,野外における動物プランクトン糞粒量やそのサイズに昼夜差があるのかという点は不明なままでした。研究グループは細かい目合い(63 µm)のプランクトンネットによる層別採集を行い,得た試料を画像イメージングスキャナにより解析を行い,野外における動物プランクトン糞粒量とサイズの評価に成功しました。

     本研究の成果は,海洋における物質循環の駆動源である動物プランクトン糞粒の正確な定量評価に繋がる手法として,海洋学における重要な知見となります。


    左上:多段式プランクトンネット(VMPS)。細かい網目合い(63 µm)による層別採集が可能。

    左下:試料中に大量に出現し,優占した動物プランクトン糞粒。

    右上:動物プランクトンを対象とする画像イメージングスキャナ(ZooScan)。糞粒の正確なサイズと数の定量が可能。

    右下:動物プランクトン糞粒の蛍光顕微鏡写真。糞粒中に蛍光能を有する植物プランクトン細胞が星のように見える。


  • 背景

     海洋の物質循環は地球環境変動に影響を及ぼします。海洋における物質循環は物理的な拡散に加えて,動物プランクトンが表層でマイクロプランクトンを摂餌して排泄する,糞粒の沈降輸送が重要なことが知られています。一般的に動物プランクトンの糞粒の定量採集は,セジメントトラップと呼ばれる,上層からの沈降粒子を捕集する機器を係留して行われています。しかし,セジメントトラップによる糞粒の捕集には23日間の係留期間が必要なため,野外における動物プランクトンの糞粒の量やサイズに昼夜差があるのかについては不明なままでした。研究グループは夏季の南部オホーツク海において,糞粒も採集可能な細かい目合いの動物プランクトンネットによる水深0-1000 m間の昼夜の層別採集を行い,その試料について画像イメージングスキャナによる解析を行い,糞粒の定量評価に関する新しい手法を開発しました。

     夏季の南部オホーツク海は,海氷融解水による塩分の低い海水が日照により温められた,高温かつ低塩分な非常に比重の軽い海水が表層に見られます。その下に冬季に結氷する際に排出された,低温で塩分の高いブライン水(中冷水)が存在し,密度躍層が顕著に発達します。動物プランクトン群集には,この強固な密度躍層を越える日周鉛直移動を行う能力のある,オキアミ類とカイアシ類メトリディア・オコテンシスが優占します。研究グループはこれら動物プランクトンの餌である,マイクロプランクトンから中・大型動物プランクトンまでを定量採集し,その群集構造について種レベルの解析を行い,糞粒による沈降輸送と併せた解析を行いました。


  • 研究手法

     2019629–30日に南部オホーツク海の知床半島東岸に設けた2定点にて,北海道大学水産学部附属練習船おしょろ丸による採水及びネット採集を行いました(図1)。試料は固定して持ち帰り,蛍光顕微鏡下でマイクロプランクトンの種及びサイズ測定を行いました。ネット採集は,目合い63 µmVMPS*1による水深0–1,000 m間を3層に分けた昼夜の鉛直区分採集と(p1.図),中層トロールによる水平曳き採集を行いました。VMPS試料は船上で分割し,生きた動物プランクトンは種・発育段階毎にソートし,現場水温条件の濾過海水中で飼育し,排泄した糞粒を固定しました。VMPSの残りの試料とMOHT*2試料も固定して持ち帰り,試料中に出現した動物プランクトンについて,種・発育段階毎に計数,サイズ測定し炭素で表しました。VMPS試料中に多く出現した糞粒は,画像イメージングスキャナのZooScan*3(概要図)により画像データを取得し,糞粒の数とサイズを定量し,炭素量で表しました。


  • 研究成果

     現場のマイクロプランクトン現存量は1立方メートルあたり10.2 mgが存在していました。動物プランクトンには日周鉛直移動を行う,オキアミ類とカイアシ類メトリディア・オコテンシスが優占し,これらによる摂餌圧は,1日あたりマイクロプランクトンの21%と推定されました。動物プランクトンの糞粒は昼間の最も浅い層(0-100 m)にて多く,最大で1立方メートルあたり1888個に達し,炭素量では2.96 mgになりました(図2)。糞粒のサイズには昼夜差が見られ,大型な糞粒は夜間にのみ観察されました。これは大型な糞粒の沈降速度は速いため,夜間に排泄された糞粒は夜間のうちに深海へ沈降し,昼間には観察されなかったことを示しています。飼育実験に基づく糞粒観察では,糞粒中に蛍光能を持つ植物プランクトン細胞が観察されました(p1.図)。また水深500–1000 mにおける中層性カイアシ類ガエタヌス・バリアビリスは,上層の動物プランクトンが排泄した糞を餌とする,食糞(リパッキング)を行っていました(図3)。これは深海生物にとって,糞粒の形でもたらされる有機物が,重要な餌資源であることを直接的に示したものです。


  • 今後への期待

     本研究によって,動物プランクトンの糞粒を定量する方法として,細かな目合いによるプランクトンネットにより採集された試料中に出現した糞粒を,画像イメージングスキャナにより定量する方法が有効であることが示されました。これは従来行われていたセジメントトラップによる捕集には,2~3日間の係留捕集期間が必要であるため明らかに出来なかった,糞粒現存量やサイズに昼夜差があることを明らかにすることの出来る方法です。動物プランクトンの糞粒は,海洋における物質循環において重要な駆動源であるだけで無く,現場におけるとくに深海の動物プランクトンにとっての餌資源としての役割があります。動物プランクトンの糞粒の量やサイズに明確な昼夜差があることは,それらを餌とする深海生物の生態に大きな影響を及ぼすことが予想され,今後の深海生物研究に応用されることが期待される技術的な手法です。

     本研究成果を用いることにより,海洋における動物プランクトンの糞粒の量をより正確に定量することが可能になり,地球環境変動に大きな影響を及ぼす海洋における物質循環の正確な定量評価に繋がることが期待されます。


  • 参考図


    図1.本研究の採集定点と,採集を行った北海道大学水産学部附属練習船おしょろ丸。



    図2.夏季の南部オホーツク海における動物プランクトンの糞粒の密度(左)と炭素量(右)の昼夜深度分布。白抜きは昼,黒は夜間を示す。


    図3.夏季の南部オホーツク海における動植物プランクトン現存量と,糞粒を介した物質輸送の模式図。図中の数字の単位は,全て炭素量(mg C m-3またはmg C m-2 day-1)。


  • 用語解説

    1 VMPS … 層別のプランクトン採集ネットの名称。

    2 MOHT … 中層トロールネットの名称。

    3 ZooScan … 動物プランクトンスキャナーの名称。


  • 論文情報

    ・論文名

    Vertical distribution, standing stocks, and taxonomic accounts of the entire plankton community, and the estimation of vertical material flux via faecal pellets in the southern Okhotsk Sea(南部オホーツク海における全プランクトン群集の鉛直分布,現存量及び分類群と,糞粒による物質輸送の推定)

    ・著者名 

    小嶋大己1,濱尾優介1,飴井佳南子1,a,深井佑多佳1,b,松野孝平1,2,三谷曜子3,c,山口 1,21北海道大学大学院水産科学研究院,北海道大学北極域研究センター,3北海道大学北方生物圏フィ-ルド科学センター,現所属:a東京大学大気海洋研究所,b北海道立総合研究機構釧路水産試験場,c京都大学野生動物研究センター)

    ・雑誌名 

    Deep-Sea Research Part I(海洋学の専門誌)

    ・DOI 

    10.1016/j.dsr.2022.103771

    ・公表日 
    202204月04日(月)(オンライン公開)

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