・2018年の北部ベーリング海にて,海洋生態系が変化していることを船舶観測で発見 。
・海氷融解早期化によって大型の動物プランクトンが減少するプロセスを解明 。
・気候変動による海洋生態系への影響の理解に大きく貢献 。
北海道大学大学院水産科学研究院の松野孝平助教,山口 篤准教授らの研究グループは,北部ベーリング海において海氷衰退が早期化すると,大型の動物プランクトンの割合が減少し,高次捕食者の餌環境が悪化することを明らかにしました。
大陸棚である北部ベーリング海は,プランクトンが豊富に生息しており,ズワイガニ,タラバガニ,マダラが漁獲される世界有数の好漁場です。この海は,例年 12 月から 4 月までは海氷に覆われます。しかし,2018年の春は,海氷が例年より 1 か月ほど早く溶け,それによって様々な海洋生物に悪影響が見られたことが知られています。特に魚類,海鳥,鰭脚類などの高次捕食者では,個体数の減少や栄養状態の悪化が報告されましたが,なぜ海氷が早く溶けると悪影響がでるのか,原因については推察の域を出ていませんでした。そこで研究グループは,海氷融解が例年通りであった 2017 年と,海氷融解が早かった 2018 年に北部ベーリング海で海洋調査を行い,海氷が早く融解すると魚類の餌として有用な大型の動物プランクトンが減少すること,それにより高次捕食者が受け取るエネルギーが減少することを解明しました。
本研究の成果は,気候変動が海洋生態系を改変する過程の一端を明らかにしており,変わりつつある海洋生態系の将来予測の精度向上に大きく貢献する貴重な知見となります。
なお,本研究成果は,2022 年 2 月 22 日(火)公開の Frontier in Marine Science 誌に掲載されました。
左上:北部ベーリング海での調査を行った北海道大学水産学部附属練習船おしょろ丸。
左下:動物プランクトン採集に用いた4 連NORPACネット。
中央:本研究で最優占した動物プランクトンのカイアシ類。
右:調査海域である北部ベーリング海と周辺の地図。
近年,極域では温暖化によって急速に海氷が減少しています。季節海氷域である北部ベーリング海では,2018 年に顕著な海氷衰退が観測され,例年よりも 1 か月ほど早く海氷が融解しています。その影響により,海洋生態系に様々な変化が観測されています。例えば,植物プランクトンブルーム*1の遅延,魚類の分布域の北上,海鳥の個体数減少,アザラシの栄養状態の悪化が知られています。各生物に見られた悪影響は,水温上昇だけでは説明がつかないため,餌環境の悪化が原因と推察されていましたが,詳細は不明なままでした。
海洋における高次捕食者の餌としては,動物プランクトンが最も重要です。動物プランクトンは,植物プランクトンを食べ,自らが魚類などに食べられることで,低次生物から高次捕食者へとエネルギーを受け渡します。研究グループは,動物プランクトンの中でも,特に生物量で優占するカイアシ類に注目しました。カイアシ類の量や組成を調べることで,海氷融解時期の変化を起点とする海洋生態系への影響の過程を解明することを試みました。
【用語解説】
*1 ブルーム … 光合成を行う植物プランクトンの大増殖のこと。
海氷融解早期化による動物プランクトンへの影響を見るため,海氷融解の時期が例年通りだった2017 年と,海氷融解が早かった 2018 年のそれぞれ夏季に,北極圏に位置する北部ベーリング海で本学水産学部附属練習船おしょろ丸(概要図)による現場観測を実施しました。動物プランクトン試料は,NORPAC ネット(概要図)を用いて採集し,採集後直ちにホルマリン固定し,持ち帰りました。陸上実験室では,実体顕微鏡下で動物プランクトンを分類群や種毎に計数しました。この時,優占したカイアシ類(概要図)に関しては発育段階*2 毎に計数しました。
*2 発育段階 … 脱皮によって成長するカイアシ類の成長段階のこと。
大型カイアシ類(Calanus glacialis)の個体群構造を 2017 年と 2018 年で比較すると,2018 年の方が,個体数が多く,平均発育段階が低いことがわかりました(図 1)。このことは,若い個体が多いことを意味し,この種の産卵時期が,2018 年の方が遅かったと考えられます。衛星と係留系による観測で,2018 年は,通常年よりも 1 か月ほど早く海氷が融解し,植物プランクトンブルームが遅く発生したことが知られています。この大型カイアシ類は餌を食べながら産卵をするので,ブルームが遅いことによって,この種の産卵時期が遅くなっていたと考えられます(図 2)。
また,カイアシ類の生物量を 2017 年と 2018 年で比較すると,2017 年は大型カイアシ類が多く,2018 年は小型カイアシ類が多いことがわかりました(図 3)。高次捕食者にとっての餌の側面から考えると,小型カイアシ類は,体内に油を溜めないために栄養価が低く,サイズが小さいために食べられにくいと考えられます。すなわち,2018年は,魚類にとって良い餌である大型カイアシ類が減少し,代わりに小型カイアシ類が多かったため,高次捕食者にとっての餌環境が悪化していたと考えられます。
このように,海氷融解時期の変化を始めとして,植物プランクトンブルームの時期が変わり,その影響がカイアシ類を経由し,高次捕食者にまで及んでいたことが明らかとなりました。
図 1.大型カイアシ類 C. glacialis の個体数と平均発育段階。円の大きさで個体数を,色で平均発育段階を示す。
図 2.海氷融解,植物プランクトンブルーム,カイアシ類の産卵と成長の模式図。
図 3.カイアシ類の生物量の年比較。色はカイアシ類のサイズと種類を示す。赤枠は,魚類が摂餌可能な大きさのカイアシ類の生物量を示す。
本研究により,海氷融解時期の変化が海洋生態系へ与える影響のプロセスが解明されました。しかし,他にも温暖化,淡水化,低栄養塩化,酸性化が海洋表層で進行しており,それらによる海洋生態系への影響も懸念されています。また,温暖化などの気候変動は,極域に限らず,様々な海域で進行しています。気候変動が海洋生態系へ与える影響の理解が進むことによって,水産資源の持続可能な利用に繋がることが期待されます。
論文名 Effects of early sea-ice reduction on zooplankton and copepod population structure in the northern Bering Sea during the summers of 2017 and 2018
(2017年及び 2018年夏季の北部ベーリング海において動物プランクトンとカイアシ類個体群へ海氷融解早期化が与える影響)
著者名 木村文彦1,松野孝平2,3,阿部義之4,山口 篤2,3
(1北海道大学大学院水産科学院,2北海道大学大学院水産科学研究院,3北海道大学極域研究センター,4北海道大学大学力強化推進本部研究推進ハブURAステーション)
雑誌名 Frontier in Marine Science(海洋学の専門誌)
DOI 10.3389/fmars.2022.808910
公表日 2022年 2月 22日(火)(オンライン公開)