ポイント
・世界で初めて、海洋堆積物中の有機ガス成分の時系列観測を実施。
・海洋堆積物表面にて、高濃度のヨウ化メチルとヨウ化エチルを発見。
・表層で生産された植物プランクトンが海底面に沈殿して、これらの化合物が発生することを解明。
・世界で初めて、海洋堆積物中の有機ガス成分の時系列観測を実施。
・海洋堆積物表面にて、高濃度のヨウ化メチルとヨウ化エチルを発見。
・表層で生産された植物プランクトンが海底面に沈殿して、これらの化合物が発生することを解明。
北海道大学大学院水産科学研究院の大木淳之准教授らを中心とする研究チームは、北海道噴火湾と北部ベーリング海で有機ヨウ素ガス種の時空間的な分布を調べるため、海洋観測を行いました。噴火湾では、植物プランクトンの大増殖が起こる春以降、海洋堆積物の表面で有機ヨウ素ガスの一種ヨウ化エチル(C2H5I)とヨウ化メチル(CH3I)の濃度が増えることがわかりました。北部ベーリング海やチャクチ海南部の陸棚域でも、堆積物表面で高濃度が観測されました。珪藻(植物プランクトンの一種)を暗所に置いて数日後から、これらの化合物が発生することが確認されました。海洋表層で生産された珪藻が海底面に沈殿して、ヨウ化エチルとヨウ化メチルを発生させることがわかりました。
本研究成果は、2022年8月12日に国際学術雑誌Communications Earth & Environmentにオンライン公開されました(https://www.nature.com/articles/s43247-022-00513-7)。
写真1(左)北部ベーリング海陸棚の海底面、(右)北海道噴火湾の海底面
本論文の補足情報(https://www.nature.com/articles/s43247-022-00513-7#Sec14)として、観測場所の海底面の動画や観測風景の動画が提供されています。
海面は、大気中ヨウ素の主な放出源です。ヨウ化メチル (CH3I) やヨウ化エチル(C2H5I)などの有機ヨウ素ガス は、上部対流圏と下部成層圏における反応性ヨウ素の供給の 20~40% に寄与しています。海洋では、 有機ヨウ素ガスの主な生産者は、大型藻類や微細藻類(植物プランクトン)などの海洋植物であると考えられています。従来の研究のほとんどは、海洋植物が成長する海洋表層(およそ光が届く層)での 有機ヨウ素ガス生産に焦点が当てられてきました。本研究チームによる先行研究では、北極のチュクチ海と北ベーリング海、北海道噴火湾の底層水で、高濃度の C2H5Iを発見していました。そのため、海底面に有機ヨウ素ガスの発生源があることを推定しました。そこで本研究では、海底付近で C2H5Iが高濃度になる現象を解明するため、北海道噴火湾で海水と堆積物を採取する時系列の海洋観測、北部ベーリング海と南部チャクチ海で単発の海洋観測を実施しました。また、植物プランクトンの珪藻を暗所に置いて有機ヨウ素ガスの発生を確かめる室内実験も行いました。
海洋観測は、北海道噴火湾(2018-2019年)と北部ベーリング海と南部チャクチ海(2017年7月、2018年7月)で行われました(図1)。練習船うしお丸(写真2左)と練習船おしょろ丸(写真2右)の研究航海を利用しました。
図1 観測場所 a観測場所を含む北太平洋のマップ、b 北海道噴火湾の場所、c 噴火湾の観測ステーション(St30)、d 北部ベーリング海と南部チャクチ海の観測ステーション
写真2 (左)練習船うしお丸、(右)練習船おしょろ丸
うしお丸ではアシュラ採泥器、おしょろ丸ではマルチプルコアサンプラーを使いました。堆積物の直上水と、堆積物を1 cmの厚さで切り分けて、ミズトールで堆積部中の間隙水を集めました。
写真3 噴火湾の堆積物試料(珪藻大増殖の直後の4月)とアシュラ採泥器(右)堆積物表面には珪藻の凝集物が沈殿している。
写真4 (左)北部ベーリング海でのマルチプルコアサンプラー観測、(右)堆積物試料
噴火湾での鉛直時系列断面のグラフを図2に示します。両年とも3月にクロロフィルが高濃度になり(図2a)、珪藻ブルームが確認されました。その直後からヨウ化エチル(C2H5I)の堆積物中濃度が高濃度化(図2下)、さらにその翌月から底層水中濃度が高濃度化(図 2b上)しました。ヨウ化メチル(CH3I)も似た傾向を示しています。水中と堆積物中の全有機ヨウ素化合物に対する各化合物の割合について、チャクチ海、ベーリング海、噴火湾の結果を図3に示します。どの海域でも、堆積物表面でヨウ化エチルの割合が高いことがわかりました。海底面に堆積した珪藻の凝集物から、これらの化合物が発生していると考え、噴火湾のブルーム時に採取した珪藻凝集物をガラス瓶に密封保管した暗所培養実験を行ないました(図 4)。珪藻凝集物を暗所に置くと、数日を経てヨウ化エチルやヨウ化メチルが発生することが確認されました。
https://www.nature.com/articles/s43247-022-00513-7/figures/2
図2 噴火湾における鉛直時系列図 (a)クロロフィル、 (b)ヨウ化エチル(C2H5I) 、(c)ヨウ化メチル(CH3I)
https://www.nature.com/articles/s43247-022-00513-7/figures/
図3 チャクチ海、ベーリング海、噴火湾における堆積物と水中の有機ヨウ素の組成比
図4 珪藻凝集物の暗所実験 (左)ヨウ化エチル(C2H5I)、(右)ヨウ化メチル(CH3I)
海水と堆積物における有機ヨウ素ガスの循環のイメージを図5にまとめました。(1)植物プランクトンが海水中のヨウ化物イオン(I-)を吸収したのち、(2)沈降して堆積物表面に沈殿します。(3)海水中に豊富に存在するヨウ素酸イオン(IO3-)は堆積物の少し深い所で還元されてI-になります。(4)堆積物表面の珪藻凝集物は体内のI-からヨウ化エチル(C2H5I)やヨウ化メチル(CH3I)を作ります。(5)珪藻凝集物は堆積物中で生じたI-を使ってこれらの有機ヨウ素ガスを作ることもできます。(6)堆積物中のI-は直上水に染み出ます。(7)底層水に染み出たC2H5IやCH3Iは比較的速やかに微生物に分解され濃度を減ずると考えられます。
掲載誌:Communications Earth & Environment
URL:https://www.nature.com/articles/s43247-022-00513-7
タイトル:Marine sediment as a likely source of methyl and ethyl iodides in subpolar and polar seas
著者:
大木 淳之(北海道大学大学院水産科学研究院)
南川 佳太(北海道大学大学院水産科学院)
孟 繁興(北海道大学大学院水産科学院)
宮下 直也(北海道大学大学院水産学部・姫路市姫路科学館・兵庫県立大学大学院環境人間学研究科)
平譯 亨 (北海道大学大学院水産科学研究院・国立極地研究所)
上野 路洋(北海道大学大学院水産科学研究院)
野坂 裕一(東海大学生物学部)
高津 哲也(北海道大学大学院水産科学研究院)