Topic outline
背景
沿岸生態系は、海流、陸からの輸入、そして地理的(地形的)構造の影響を受け、群集と生産の空間的変動は、沖合の遠洋生態系よりも大きく、より複雑です。また沿岸生態系における基礎生産性は、海洋生物多様性や生態系機能の様々な要素を支えています。基礎生産は遠洋海域の高次栄養段階だけでなく、二枚貝、十脚甲殻類など、重要な漁業対象を含む底生消費者にも影響を及ぼします。
本研究では、湿原が沿岸生態に与える影響について調べました。調査地域である北海道東部は、低温・低塩分である沿岸親潮 (Coastal Oyashio Water: COW) の影響を強く受けています。COWでは毎年春に植物プランクトンが大量発生し、高い生産性、ひいてはさまざまな水産資源を支えています。世界の沿岸湿地の面積は、様々な人為的な活動により全体的に減少していますが、北海道東部には手つかずの淡水・汽水湿地が残っています。これらは、河川を通じて陸域の物質が直接流出することを防ぐ緩衝材となっています。湿原の継続的な保護と保全は、沿岸の生産性と持続可能性に寄与すると考えられ、したがって、沿岸湿原のある地域の調査は重要と言えます。
調査地域
浜中町は北海道東部にある重要な漁業の町です。浜中町の海岸は琵琶瀬湾と浜中湾に分かれ、どちらも霧多布湿地に面しています。霧多布湿地は日本で3番目に大きな湿地(3,168ha)であり、ラムサール条約で国際的により保護されています。琵琶瀬湾は、霧多布湿地を流れる琵琶瀬川の河川水の影響を直接受ける半閉鎖性の湾であります。一方、浜中湾は太平洋に面しているため、湿地帯よりもCOWの影響を受けやすいです。この2つの湾を空間的に比較することで、湿地の影響がどの程度沿岸部に及んでいるかが把握できます。
方法
採水は、2014 年 6 月 23 日の満潮時に、琵琶瀬湾と浜中湾の計 11 カ所で実施しました。調査地域は以下のように4つの区に分けられます。1区 (Area 1) は琵琶瀬川河口付近の琵琶瀬湾(St.1-2)、2区 (Area 2) は霧多布湿地に面した琵琶瀬湾(St.3-5)、3区 (Area 3) は霧多布湿地に面した浜中湾(St.6-8)、4区 (Area 4) は霧多布湿地から離れて沿岸親潮水の影響を直接受けた浜中湾(St.9-11)になります。琵琶瀬湾と浜中湾は、霧多布岬の半島によって地理的に分けられています。観測点は1.8mの観測点 (St.1) を除き、5mの等深線に沿って設置されました。採水の前に,CTD(Conductivity, Temperature, and Depth)で海水温と塩分を測定しました。次に,栄養塩濃度,総Chl a濃度,珪藻の細胞密度および組成,有色溶存有機物(CDOM)の吸収係数を測定するための試料を,酸洗浄したバケツを用いて表層から採りました。
結果と考察
4区の水温は、他のエリアよりも相対的に低い値を示しました。水温はANOVAで有意な空間差があっても、post-hoc testでは各区域の組で有意な差は見られませんでした。塩分濃度は、1区が4区よりも有意に低かったが、その他の区では有意差が見られませんでした。クロロフィルa濃度は0.68μg/Lから2.33μg/Lの範囲であり、クロロフィルa濃度が最も低かったのは1区でした。aCDOM(443)は、1区が他の3つの区よりも有意に高い値を示しました。
亜硝酸塩と硝酸塩濃度の総量は、4区で2、3区よりも有意に高かったです。一方、アンモニウム濃度、リン酸濃度はいずれも区間で有意な差は見られませんでした。1区のシリカ濃度は、他のエリアよりも有意に高い値を示しました。
2区では、micro-size(10μm以上)の植物プランクトンが優占し、nano-size(2-10μm)と pico-size(0.7-2μm)の植物プランクトンがそれぞれ25.5%と25.3%を占めました。3区では、micro-size(39.1%)、nano-size(24.6%)、pico-size(36.3%)の植物プランクトンの組成はほぼ同じでした。一方、4区ではマイクロサイズの植物プランクトンが優占(76.2%)しました。
4 つの区から合計 34 属の珪藻が観察されました。珪藻の組成は、浜中湾よりも琵琶瀬湾でより多様でした。1区と2区ではそれぞれ21と28の珪藻属が観察されたのに対し、3区と4区11と17の珪藻属がみられました。1区の生物量は他の3つの区よりも有意に高く、2区の珪藻は3および4区よりも有意に豊富でした。3区と4区の間には有意差はありませんでした。
珪藻の属名と細胞密度に基づくクラスター解析により、琵琶瀬湾(1区と2区)と浜中湾(3区と4区)に分類されました。また、琵琶瀬湾では羽状珪藻が多く、浜中湾では中心珪藻が多く見られました。最も優占していた珪藻属は、琵琶瀬湾ではCocconeis(1区で88.7%、2区で56.9%)、浜中湾ではThalassiosira(3区で42.8%、4区で57.9%)でした。
琵琶瀬湾と浜中湾の珪藻群集は,10-15kmの範囲において,生物量および分類群に大きな空間的変動が見られました。また,水温,塩分,栄養塩などの環境変数や,海岸の地形的な特徴も,観察された変動に関連していました。環境要因の変動は、沿岸の親潮と琵琶瀬川とその周辺の霧多布湿地による陸上からの流入の両方に強く影響されているようです。地理的な影響としては、琵琶瀬湾と浜中湾の間にある半島によって分断されている遠洋海域の歴史的なつながりが挙げられます。この研究はスナップショットのデータに基づいているが、浜中沿岸水域で収集された最初のデータセットであります。得られたデータは、この地域の沿岸生態系や生物多様性に大きな影響を与えると予想される、進行中の気候変動が沿岸生態系に与える影響の評価など、今後の研究の基礎情報として活用すると期待されます。
研究支援
本研究は、独立行政法人環境再生保全機構の環境研究技術開発費(S-9:アジアの生物多様性の統合的観測・評価、S-15:自然資本と生態系サービスの予測・評価)および北海道 e-water プロジェクトによる科研費の支援を受けて実施されました。また論文作成・公表の際にヒロセ財団の支援を受けました。