赤潮の原因となる渦鞭毛藻類が産生する毒性物質
トピックアウトライン
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赤潮の原因となる植物プランクトンの一種である渦鞭毛藻類は様々な特有の毒性物質を産生する事が知られている。それら毒性物質は水産業への被害、水棲生物へ悪影響、さらにはヒトへの健康被害など多くの問題を引き起こす。
一方、渦鞭毛藻類が産生する強力な毒性物質は、生物機能に特異的に作用するため、生化学用試薬として用いられるなど有益な点も存在する。構造的にも機能的にも特徴的な渦鞭毛藻類が産生する毒性物質について紹介する。
また、去年発生し道東沿岸に甚大な被害をもたらした赤潮渦鞭毛藻であるKarenia selliformis 道東株の毒性成分は未だ不明であるが、その解析結果についても随時更新していく。
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ギムノジミンは1995年ニュージーランドで発生した Karenia Selliformis の毒性物質として見いだされた化合物である。構造的にはスピロイミノ環アルカロイドに分類され、これまでに構造が部分的に異なる7つの類縁化合物が報告されている。
ギムノジミンは神経伝達に関与する筋肉中のニコチン性アセチルコリン受容体を阻害し、筋肉を麻痺させる機能がある。同様の機能を持つ化合物は麻酔にも応用される。
ニュージーランドの食用二枚貝を分析した結果、高頻度でギムノジミンが検出されている。ただし、食事としてギムノジミンを摂取した場合には毒性は弱いという報告があり、実際にニュージーランドではヒトへの健康被害は報告されていない。
なお、同じK. selliformisであっても、チリのパタゴニアで発生した株からはギムノジミン類は検出されていない。また、我々のこれまでの道東株の分析からにおいても、ギムノジミン類は検出されていない。
Seki T et al. Tetrahedron 1995; 36: 7093-7096.
Mardones JI et al. Harmful Algae 2020; 98: 101892.
Stirling DJ New Zealand Journal of Marine and Freshwater Research 2001; 35: 851-857.
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2021年秋に道東で赤潮を引き起こしたKarenia selliformisの道東株はサケ・ウニ・タコ・ツブなどの多様な生物に大きな被害を及ぼしている。一方、二枚貝や甲殻類などにはそれほどの影響が出ていない。その被害の原因が毒性物質によるものなのか、あるいは他の要因、例えばエラが詰まるもしくは溶存酸素の低下など、によるものか未だ十分には明らかになっていない。しかし、影響を受ける生物のパターンがこれまでの K. selliformis による赤潮被害のパターンとよく一致しており、何らかの毒性物質の生産によるものが強く疑われる。
2021年12月に根室で採集した試料を用いて、K. selliformis ニュージーランド株で報告されているギムノジミンの有無を分析したところ、一切検出できなかった。一方、ギムノジミン非産生型であるK. selliformis パタゴニア株で報告されている分子量836の化合物を分析したところ、先行研究と同様に二つのピークが観測された。この物質の構造は未知であり、また毒性物質の本体であるかも不明であるが、今後は精製と生物活性試験を行い、またその構造を決定する計画である。
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2018年にチリ・パタゴニア地方で発生した赤潮の原因藻類。ニュージーランド株とは異なる形態や代謝を示す。ニュージーランド株で見出されたギムノジミンを産生していない(できないかどうかは不明だが培養条件では産生しない)。また、活性酸素の産生も低い事が示されている。ただし、被害生物種がニュージーランド株と類似しており、何らかの毒素の産生が推測される。
LCMS分析から下記のブレベナールと同じ分子量656の分子が検出されたと報告されている。このシグナルは今回我々が道東株を分析した際にも検出されている。もし、しかし、我々の検出したシグナルは分子量655の同位体ピークであり、何らかの含窒素化合物由来である事を示唆している。パタゴニア株から検出された化合物もMS/MSデータからブレベナールでは無いと結論されている。
なお、ブレベナールは同じKarenia属であるK. brevisから得られた化合物であり、Karenia属が産生する多様な梯子状ポリエーテル化合物の一つである。ナトリウムチャネルに結合する。