Topic outline
ダルスの形状、分布、生活史
一般的な海藻の体は、陸上の植物に比べ分化が進んでおらず、付着する機能に特化した付着器と栄養分やエネルギーを得るための葉状部と両者をつなぐ茎状部の3部分で構成されています。私達が目にするダルスは、赤色から紫褐色の体を持ち、小さなお皿を伏せたような盤状の付着器で基質である岩やロー プに体を固定します(図1)。付着器と葉状部の間は、5 mm未満の短い茎状部で繋がれ、茎状部の上部には原さ0.3~0.5 mmの扁平膜状の菜状部が形成されます。葉状部は叉状あるいは掌状、フォーク状に伸長し、古い葉状部では縁辺から新しい葉が伸長したものや、茉状部の縁から小さな枝(副出枝)のあるものもあります。成長した葉状体は、およそ50 cmの長さですが、1 mを越えるまで成長できるといいます。多年生であり、毎年新しい成長を示しますが、最大でどこまで生きるか寿命は不明です。
図1. 2月函館近郊のコンブ養殖ロープ上に繁茂するダルス(水深1m) 写真:安井肇(昭55ゾ)提供
本種は、紅藻綱ダルス目ダルス科ダルス属に属し、和名を「だるす」と称し、学名をPalmaria palmata (Linnaeus) Kuntzeといいます。「人の掌」を意味するラテン語の"Palma"にちなんで名付けられました。海外では"Dulse"と通称される場合が多いが、アイルランドや英国では"Dillisk(ディリスク)"と呼ばれます。また、ノルウェーでは羊が干潮時に海辺でダルスを好んで食べることから、羊の食べ物という意で"sousoll(スーソル)"と呼ばれるなど地方によって様々な呼び名があります。ダルスは北大西洋および北太平洋の冷水種ですが、研究者によっては、太平洋の種と日本産の種と同一かどうかさらなる研究が必要とする意見もあります。北大西洋では北緯80度あたりに位置するスピッツベルゲン島とグリーンランドから北緯40度あたりのポルトガルやニュージャージーまで分布し、アイルランドやイギリス諸島における多くの岩礁によくみられます。太平洋では、アラスカから北カリフォルニアの太平洋沿岸や束ロシアと千島列島、北海道、東北の沿岸域にかけて分布することが知られています。一般的に、ダルスは潮間帯下部やタイドプールで観察でき、最大20 m水深まで生育します。また、ヨーロッパの海域に生息するダルスはコンプ属褐藻の一種Laminaria hyperboreaラミナリア ・ヒペルボレアやLaminaria digitataラミナリア・ディギタータの茎状部によく付着する紅藻として観察できます。アイルランドでのダルスの生産量は多くても年間100トン(湿重量)程度ですが、需要の伸びに伴い、北アイルランド外洋での養殖プロジェクトが進行中です。また、フランスにおいてはタンクでの大量培養なども 試験的に行われています。
多くの海藻の生活史は、一組の染色体をもつ有性の単相世代(配偶体)と受精によって二組の染色体を持つに至った無性の複相世代(胞子体)から成り、胞子体において染色体が半減する現象(減数分裂)によって生産された生殖細胞が再び配偶体になります。ダルスの生活史(図2)は、1980年にJ.P. van der MeerとE.R. Toddによって明らかにされました。
■図2. ダルスの生活史 図:安井肇(昭55ゾ)提供 ■図3.ダルス葉状体 写真:安井肇(昭55ゾ)提供
水産資源の対象になるダルスは、葉状体の形態を示す四分胞子体(胞子体)と雄性配偶体です(図1、3)。これらの莱状体は、函館近郊では12月頃から潮間帯下部の岩石上に出現し、1~5月に繁伐します。多くの個体は6月になると消失します。四分胞子体が成熟すると皮膚内に生殖器官である四分胞子嚢を形成し(図4)、その中で減数分裂を経て4個の胞子(四分胞子)が形成放出されます。放出された四分胞子は着生後ただちに分裂を開始し、1:1の割合で雌雄の基質を這うように成長する匍匐盤状体になります(図5、6 )。雌の匍匐盤状体は、四分胞子体や雄性配偶体のように直立した葉状体とならず、直径が100~200 µmの匍匐盤状体のままで、成熟すると盤状体の所々の細胞が受精毛を伸ばした造果器になります。 一方、雄の匍匐盤状体からは直立葉が形成され、巨視的な雄性配偶体になります。雄性配偶体は成熟すると体の表面に精子器がつくられ、不動の精子を形成し放出します。放出された精子は、受精毛に付着・融合し、精子核が受精毛を通って造果器に入ります。その後、核融合により受精が完了し、雌性配偶体上に多数の四分胞子体が形成されることになります。このようにしてダルスの生活史が一巡することになり、およそ半年問微視的な状態でじっと我慢し、直立体を形成するのに適した環境になると一気に葉状体に成長して私たちの目に触れることになります。
図4. 四分胞子体に形成された四分胞子嚢(矢印)
図5 .雌性配偶体(匍匐盤状体)と受精毛(矢印)
図6 .雄性配偶体(直立体)を形成した匍匐盤状体
出典
親潮(北水同窓会誌)第305号(2015) 水田浩之(昭61ゾ)