Topic outline
研究背景
北海道南部の南かやべ地区では、冬季、コンブの養殖ロープにPalmaria属の紅藻(以下ダルスと略す)が自然に繁茂します。生産者からは、養殖コンブに太陽光が当たらずその成長の妨げになるとして、繁茂したダルスは厄介者扱いされています。しかしながら、最近の成分分析により、ダルスにタンパク質、食物繊維、カリウム、ビタミンB群などの栄養成分が豊富に含まれることも明らかになってきました。
このような背景を受け、私達は未利用資源であるダルスの有効活用を目的として、ダルスに豊富に含まれる色素タンパク質の構造特性の解明と、それらが持つ健康機能性に関する研究を行っています。本稿では、現在までに得られた成果を簡単にご紹介します。
■安井肇先生(昭55ゾ)撮影
ダルス由来フィコビリタンパク質の構造特性
乾燥したダルス試料に水を加えると赤色の成分が容易に抽出されてきます。その抽出液の色は、太陽光のもとでは鮮やかな赤色を示し、グリーンライトを当てると強い蛍光を発します。このような特性は、ダルス葉体中の主要なタンパク質である『フィコビリタンパク質』に由来します。紅藻類において、フィコビリタンパク質は、クロロフィルが吸収できない波長の光を効率よく吸収するという、光合成の補助色素としての働きを担っています。
一般に、紅藻類のフィコビリタンパク質は、主にα鎖とβ鎖という2種類のサブユニットから成り、それらが3個ずつドーナツように円形に組合わさった構造体を形成します。そして、このドーナツ状のものがさらに会合してフィコビリソームという巨大な集合体をつくります。フィコビリソームは、葉緑体のチラコイド膜の表面に沢山整列して存在します。紅藻類の主要なフィコビリタンパク質は、赤色のフィコエリスリン、青色のフィコシアニンおよび紫色のアロフィコシアニンです。それらの色調は、α鎖およびβ鎖のアポタンパク質に結合する色素の種類(フィコエリスロビリン、フィコシアノビリン、フィコウロビリン)と数によって決まります。
ダルスから調製したタンパク質抽出液をスペクトル分析に供したところ、ダルス由来フィコビリタンパク質の主成分は赤色のフィコエリスリンで、次いでフィコシアニン、アロフィコシアニンの順であることが判明しました。そこで、ダルスのフィコエリスリンを精製して結晶を作製し、X線結晶構造解析によりその立体構造を決定しました。その結果、ダルス・フィコエリスリンは、他の紅藻類のものと同様の立体構造特性を有しておりました。また、ダルス由来フィコビリタンパク質の遺伝子構造を解明するため、フィコビリタンパク質の遺伝子がコードされる葉緑体DNAを次世代シーケンサで分析しました。その結果、3種フィコビリタンパク質(フィコエリスリン、フィコシアニン、アロフィコシアニン)の遺伝子構造と一次構造が明らかになりました。
ダルス由来フィコビリタンパク質の健康機能性
1)血糖値上昇抑制作用
近年、食生活や生活様式の変化に伴い、我が国の糖尿病患者数は年々増加する傾向にあります。そこで、ダルスから調製したタンパク質(ダルス・タンパク質)の血糖値上昇抑制作用について動物試験により検討しました。その結果、ダルス・タンパク質は糖負荷後の血糖値の上昇を有意に抑制しました。現在私達は、ダルス・タンパク質が小腸での糖の吸収を抑制するのではないかと推察しています2)アンジオテンシンI変換酵素(ACE)阻害作用
高血圧症を放置すると動脈硬化を引き起こし、心臓病や脳卒中などの様々な血管疾患の原因になることから、その治療および予防は重要な課題です。そこで、ダルス・タンパク質のACE阻害作用について検討しました。その結果、ダルス・タンパク質をプロテアーゼで加水分解したペプチド(ダルス・ペプチド)に強いACE阻害作用が認められました。次に、ダルス・ペプチドを分画して作用ペプチドのアミノ酸配列を決定しました。その結果、それら配列がダルス由来フィコエリスリンの一次構造中に多く認められました。これらのことから私達は、ダルスのACE阻害ペプチドの主たる由来タンパク質がフィコエリスリンであると考察しています。3)抗酸化作用
活性酸素による生体への酸化傷害が老化や種々の疾病の原因となることが明らかにされ、抗酸化物質を豊富に含む食品が注目されています。そこで、ラジカル消去活性を指標に、ダルス・タンパク質の抗酸化作用について検討しました。その結果、ダルス・タンパク質に抗酸化作用が認められました。一方、大腸菌で発現した、色素を持たないダルス・フィコエリスリンには抗酸化作用がほとんど検出されませんでした。このことから、ダルス・タンパク質の主要な抗酸化作用部位は、アポタンパク質部分ではなく色素部分であることが間接的に示唆されました
出典
親潮(北水同窓会誌)第305号(2015) 岸村 栄毅(昭60化)