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北海道大学水産学部おしょろ丸海洋調査部 今井圭理、小熊健治、澤田光希
スミスマッキンタイヤ採泥器(通称:スミキン)はグラブ式採泥器の一種で、主に海底表面や堆積物中に生息する貝類や、ゴカイなどの多毛類、ヒトデやウニなどの棘皮動物といった生物(底生生物)を採取するために広く使われています。グラブ式採泥器は左右に開いたバケットを目的の場所に下ろし「クレーンゲーム」のように堆積物をつかみ取る方式の採泥器です。
市販される標準的なサイズのスミスマッキンタイヤ採泥器は海底表面から深さ20 cm程度までの表層堆積物を採取します。底生生物の棲息場所である堆積物ごと採取されることから生物試料の損傷が少ないといった特徴があります。
この採泥器は小型・軽量なため、観測設備が小規模で作業員の少ない小型の船舶でも使用でき、沿岸域を中心とした比較的浅い海において用いられます。また、取り扱いが簡便であることもこの採泥器が広く採用されている理由に挙げられます。
本コースでは、スミスマッキンタイヤ採泥器について詳しく説明します。
図1 スミスマッキンタイヤ採泥器(上:採泥前 バケットが開いている 下:採泥後 バケットが閉まっている)
採泥器の各部の名称を図2-①~⑧に示します。堆積物をつかみ取る①グラブバケット(以下、バケット)は金属製の②支持枠の中に収められています。半円柱状のバケットはその中央で二つに分かれる(開く)構造になっていて、外側に溶接された③バケットアームを動かすことによって開閉することができます。バケットアームの先端には採泥器を吊り上げるワイヤロープ(④閉鎖ワイヤ)が繋ぎ止められています。着底後にウインチワイヤを巻き上げると、ウインチワイヤに接続された閉鎖ワイヤがバケットアームを外側に引っ張り、バケットが閉じられます。
支持枠の下に飛び出ている2枚の⑤着底板と⑥着底板アームは採泥の引き金(トリガ)の役割を果たします。トリガが作動すると⑦バケット支持枠が⑧バネの力で押し下げられ、バケットが海底に押し付けられます。各部の動作については、次章で詳しく説明します。
図2 スミスマッキンタイヤ採泥器の各部の名称
①グラブバケット
②支持枠
③バケットアーム
④閉鎖ワイヤ
⑤着底板
⑥着底板アーム
⑦バケット支持枠
⑧バネ
スミスマッキンタイヤ採泥器の採泥時の動作を図3に示します。まず、バケットを開けた状態で採泥器を海底に向けて降下させていきます(図3-①)。やがて採泥器が海底に着くとトリガが作動して、解放されたバネの復元力と自重によって口の開いたバケットが海底面に差し込まれます(図3 -②)。ワイヤを巻き上げると、バケットが閉まって堆積物が採取されます(図3-③)。
ここで紹介した「バケットを海底に差し込む」機構および「バケットを閉じる」機構の詳細をそれぞれ2)-1および2)-2に示します。
図3 採泥時の動作
2)-1 バケットを海底に差し込む機構
スミスマッキンタイヤ採泥器は、バケットの重みと図2-⑧のバネの復元力を利用してバケットを海底へと差し込みます。図3-②ではバネが復元するところを示しています。図4に復元の様子を詳しく示します。着底板が海底に着くと着底板アームが押し上げられ、バケット支持枠を固定していたトリガフックが外れます。これにより縮まっていたバネが解放されると、バケットが押し下げられて海底へと差し込まれます。
図4 着底板トリガの作動機構
2)-2 バケットを閉じる機構
海底に差し込まれたバケットを閉じることで堆積物を採取します。バケットが閉じる様子を図5に示します。着底後にウインチワイヤを巻き上げると、閉鎖ワイヤに引っ張られてバケットアームの先端が外側に広がっていきます。バケットアームと連動したバケットはテコの原理によって閉じられ、海底をえぐり取るように堆積物を採取します。バケットが閉じきると、採泥器は閉鎖ワイヤによって吊り上げられます。その後、離底して船上へと運ばれます。図5 バケットを閉じる機構
効率良く試料を得るためには採泥器の準備方法や採取された試料の処理方法をよく理解した上で作業に臨む必要があります。船上での作業は船の動揺や風により採泥器が振れる危険を伴うので注意が必要です。ここではスミスマッキンタイヤ採泥器を用いた採泥作業を作業の流れに沿って(1)採泥器のセットアップ、(2)投入作業、(3)着底、(4)揚収作業、(5)試料の処理、(6)観測の記録、の順にそれぞれ解説していきます。
3)-1 採泥器のセットアップ
採泥器を海中に投入する前に採泥器のセットアップを行います。セットアップとはバケットを開いた状態に固定(トリガにセット)し、観測ウインチワイヤに接続すること指します。図6の写真はセットアップ前後の状態をそれぞれ示したものです。セットアップの手順は附録「採泥器のセットアップ手順」で詳細に説明します。
図6 採泥器のセット前(左)とセット後(右)
3)-2 投入作業
セットアップが完了したら、観測ウインチを操作して採泥器を海中に投入していきます。作業中に着底板や着底板アームなどの可動部に触れるとトリガが誤作動する恐れがあります。したがって、支持枠以外の箇所に触れずに船体に接触させないよう作業を行います。
3)-3 着底
採泥器を海中に投入したら、ウインチを繰り出して採泥器を海底に向けて降下させていきます。採泥器を着底させる際のウインチ操作(ウインチオペレーション)の例を図6に示します。まず、その場の水深と繰り出したワイヤの長さを確認しながら毎秒1 mの速度でワイヤを繰り出します(図6-①)。繰り出したワイヤの長さが水深-10 mまで達したら繰り出しを停止して、ワイヤが真下を向くまで待機します(図6-②)。ワイヤが傾いた状態のまま繰り出すと、採泥器が斜めに着底してトリガが作動しない恐れがあります。待機後、採泥器を自由落下させるためにウインチの最大速度で繰り出しを再開します(図6-③)。採泥器が着底したら直ちにワイヤの繰り出しを停止します(図6-④)。ワイヤにかかる張力の低下を確認したら採泥器が着底したと判断します。着底と同時に採泥器のトリガは作動を終えているので、間を置かずに低速(毎秒0.3 m)でワイヤの巻上を開始します(図6-⑤)。ワイヤを巻き上げていくと徐々に張力が上昇していき、一定の張力が観測されるようになったところで採泥器の離底が確認できます。その後、巻き上げ速度を上げて速やかに採泥器を船上に回収します(図6-⑥)。
図6 着底時のウィンチオペレーション
3)-4 揚収作業
バケットが開いて試料が流出しないように海中から船上に揚収する際には採泥器を船体に接触させたり、バケットアームに触れたりしないよう注意して作業を行います。揚収された採泥器は元あった専用架台に戻します。閉鎖しているグラブバケットの上蓋を開けると採取された試料を確認することができます(図7)。
図7 採取された堆積物と直上海水
3)-5 試料の処理
採取した試料は研究目的に応じた処理が施されます。
堆積物中の生物を調査対象とする場合はバケットからトレイ等に取り出した試料(図8)を「ふるい」にかけて堆積物から生物試料を選り分ける処理を行います。「ふるい」に移した堆積物に海水を流しかけて砂や泥を洗い流し、「ふるい」の上に残った生物(図9)をピックアップします。採取する生物試料あるいは採取された堆積物に含有する岩石粒子の大きさに合わせて「ふるい」の目の大きさを選択します。つまり、目的とする試料よりも小さく、不要な泥や砂だけが流れ出るような目の大きさの「ふるい」を選択します。
図8 トレイに回収した堆積物試料
図9 ふるい上に残った生物試料
堆積物は陸上由来の鉱物粒子や生物生産過程で生じた物質などが時間をかけて降り積もって形成されたもので、それら堆積物を深度ごとに分析することで、それぞれの年代の環境が推定できます。こういった目的で堆積物試料を利用する場合、底生生物を調査対象とした場合とは別の処理が施されます。はじめに、堆積物表層の流出を防ぐためにバケットの上蓋を開けてシリコンチューブやシリンジを用いて海水を取り除きます。この海水は直上海水試料として分析に供することができます。堆積物表層は含水率が高く非常に柔らかいのでさじ等ですくい取ります。その後、パイプを差し込んで柱状に堆積物を切り抜き、パイプから押し出しながら任意の厚さの層ごとに試料を分配して試料を年代別にします。
3)-6 観測の記録
試料をどのような方法で採取したかという情報は調査・研究を行う上で最も基礎的なデータとなります。そのため、採泥を行った「日時」や「場所」(緯度・経度・水深で表される)、「得られた試料の性状」などを記録します。また、採泥作業ごとに異なる記号・番号を決めておき、野帳と試料の標識ラベルの両方に記入しておくことで、各試料がどのようにして得られたものかを容易に振り返ることができます。
試料そのものの情報だけでなく、作業時の海況や使用した採泥器の仕様といった補足情報を併せて記録しておくことで、次回以降の採泥地点や採泥方法を検討する際の材料として活用することもできます。専用のシート(野帳)を用意し、系統的に記録を残している研究機関も少なくありません。
海中に投入する前に行う採泥器のセットアップはバネを縮めてトリガにセットし、バケットを開いた状態にしてトリガにセットする2段階の操作が必要です。その手順を詳しく説明します。
はじめに、図10に示した要領でバケット持ち上げてバネを縮めてトリガにセットします。この際に強いバネの反発力を受けるので、作業には図11に示す専用の特殊工具を使用します。まず、支持枠上面中央の穴に接続板を差し込みます(図10-a)。次に接続板の上部の穴に金テコの先を、下部の穴に支持ピンを通します(図10-b)。支持ピンを差し込むことによって接続板とバケット支持枠が連結された状態になるため、金テコの持ち手部分を押し下げて接続板を引き上げるとバケット支持枠も同時に引き上げられます。最後にトリガフックを閉じ、バケット支持枠を固定します(図10-c)。トリガフックは、図4に示したように着底板アームを動かすことで開閉することができます。一連の操作を連続写真で示すと図12のようになります。図10 トリガへのセット手順
図11 セットアップ用特殊工具
a.金テコ b.接続板 c.支持ピン
図12 トリガへのセット手順(連続写真)
次にバケットを開いた状態にしてトリガにセットします。図13のようにしてバケットアームを引き上げ、バケットアームの掛金と着底板アームの掛金を連結させます。採泥器が着底すると両者の連結が外れ、バケットの固定が解除されます。この操作を連続写真で示したものが図14です。
誤作動によって不意にバケットが閉じる可能性があるので、セットアップ済みの採泥器に触れたりバケットの開口部に手を入れたりしてはなりません。
図13 バケットの開放手順
図14 バケットの開放手順(連続写真)