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  • 航海の背景・目的

    北極海の海氷はこの数十年間にわたって大きく減少しており、今後さらに減少することが予測されています。また、北極域は世界平均より顕著に温暖化しており、今後も世界平均より大きく温暖化することが予測されていて、北極温暖化増幅と呼ばれています。海氷の減少や海水温度の上昇は、植物プランクトン等の低次生態系から海棲哺乳類等の高次生態系を変化させ、生物多様性に影響を与えています。2021年に東京で開催された第3回北極科学大臣会合の共同声明では、「海氷の減少による影響は、沿岸の浸食や海洋生態系の変化を加速させ、北極の社会経済的な影響をより広範囲に及ぼす可能性がある。」と指摘されています。北極の生態系や生物多様性を保全するためには、調査やモニタリングにより科学的情報を収集し、その理解を深めた上で対策を講じることが重要です。

    北極の環境変化とその生態系への影響の理解に関し、おしょろ丸も多くの貢献を行ってきました。例えば、1990〜2013年におしょろ丸で採集した魚類のデータ解析からは、スケトウダラ等の底生魚類の群集構造は海氷後退時期の影響を強く受けることが示されています(Nishio et al., 2020)。最近では、ベーリング海北部における海氷融解の時期が例年通りであった2017年と海氷融解が記録的に早かった2018年に、ベーリング海北部からチュクチ海南部海域の観測を実施しました(Ueno et al., 2020)。その結果、海氷が早く融解すると魚類の餌として有用な大型の動物プランクトンが減少し、魚類の餌環境が悪化することが明らかになりました(Kimura et al., 2022)。また、海鳥の目視調査により、海氷融解が記録的に早かった2018年には、海鳥は餌生物を探すのが困難であったことが示されました(Nishizawa et al., 2020)。

    本航海では、文部科学省北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)の支援を受け、ベーリング海北部から北極海の縁辺海であるチュクチ海を対象海域として、海洋の熱・物質循環の変動、一次生産(植物プランクトン)から高次生物(海棲哺乳類等)までの海洋生態系を、海洋観測、サンプル採集、飼育実験、目視観測等によって明らかにする計画です。これらの観測により、海洋環境の変化が海洋生態系に与える影響の総合的な理解を目指します。なお、今回の観測では、ネット・トロールによる魚類採集に加え、環境DNA(環境中に存在する生物由来のDNA)観測を行うことで、魚類群集構造の変化を多角的視点で捉えます。

    練習船おしょろ丸は、「洋上のキャンパス」であり、本航海で実施する様々な海洋観測は、学部生、大学院生の実習として実施されます。研究を主目的として乗船する学部生、大学院生の多くは本学水産学部、水産科学院所属ですが、大学間交流協定を締結しているアラスカ大学フェアバンクス校の大学院生を含め、他大学の大学院生も乗船し、修士、博士論文に関連した観測、データ収集を行います。また、本航海の後半(レグ3:米国アラスカ州ノーム〜函館)では、ArCS II重点課題①人材育成・研究力強化に基づき、全国の学部学生を対象とした公開実習を初めて実施します。国立・私立大学から文系学部を含めて10名の実習学生が乗船し、自然科学系の海洋観測を行うだけでなく、北極圏の歴史や文化も学ぶ予定です。乗船後には、北極域の研究者を目指すだけでなく、企業・行政・教育・NPOなどの様々な社会活動を通じて、直接的・間接的に北極域の諸問題の解決や北極域に関する知識の普及にかかわってもらうことを期待しています(https://www.nipr.ac.jp/arcs2/info/oshoro-2023/)。