識別能力は必要とされる認知能力の高さによって,「クラスレベルの識別 class-level recognition」「真の個体識別 true individual recognition」に大別されている(Gherardi et al. 2012)。「クラスレベルの識別」は,近隣の個体/見知らぬ個体,優位/劣位,繁殖パートナー/パートナーではない個体,血縁/非血縁など,主に “クラス” と呼ばれる2つの社会的なカテゴリに基づく他個体の識別である(二値的な認知 binary recognition:Wiley et al. 1991)。片や「真の個体識別」は,特定の個体を集団のあらゆる他個体から識別できる,非常に高度な識別能力である(図5.2)。
クラスレベルの識別の1 つに「既知個体の識別 familiar recognition」がある。これは,遭遇相手が “既知の個体 familiar” か,初めて遭遇した “未知の個体 unfamiliar” かを識別する個体識別能力を指す。既知個体の認知は「その個体との遭遇経験があるかないか」のみに基づく識別なので,識別した相手が属する社会カテゴリを特定する必要はない。しかし,たとえば繁殖パートナーをそのほかの個体から識別するためには,そのパートナーと以前から遭遇し,既知の関係性 familiarity を構築していることが不可欠である(つまり,相手に関する学習が必要)。そのため,既知個体の識別は,クラスレベルあるいは真の個体識別の第一段階とも考えられている(Gherardi et al. 2012)。一方で,クラスレベルの識別には,単なる雌雄の区別など,相手に対する学習が不要な識別も含まれるため,既知個体の識別を第3の独立した個体識別能力だと考える研究者もおり(Chak et al. 2015 など),学術用語としても familiar recognition は class-level recognition より一般的である。本書もこれに倣い,既知個体の識別をクラスレベルの識別とは異なる個体識別能力として扱う(図5.2)。

図5.2 各個体識別能力のイメージ。本書では、個体識別を3つに大別する(既知個体の識別をクラスレベルの識別に含める場合もある: 本文)。クラスレベルの識別と既知個体の識別においては、属するカテゴリ ("クラス") が同じである複数個体 (赤の2個体) を区別しない。これら2つの個体識別と比べ、真の個体識別には非常に高度な認知能力が必要となる。