セクションアウトライン

    • 海水中の溶存ガス成分を抽出する気液平衡器


      シリコン膜(メンブラン)チューブ式の気液平衡器の原理


       ガス透過膜(メンブラン)チューブの内側に空気を流して、外側に海水を勢いよく流す。海水中の溶存気体がメンブランを透過して気相側に移る。空気-メンブラン-液相の接触時間が十分長ければ、試料空気中のVOCは海水と平衡に達する。その平衡試料空気を分析計にオンラインで導入する仕組みだ(Groszko and Moore, 1998)。その試料空気を分析装置に連続的に導入すれば、海水中の溶存ガス成分を連続モニタリングすることができる。



       メンブランチューブ式の利点は、チューブを長くするか、空気流速を遅くすれば接触時間を単純に稼ぐことができる所にある。また、空気流速と内部圧力を精密にコントロールすれば、平衡の到達度を確認するのが容易な利点もある。いっぽう欠点としては、チューブの構造が複雑になるほど懸濁物による目詰まりの不具合が生じやすくなることである。メンブランの材質には、PTFE素材で多孔質のゴアテックスメンブランやシリコン素材のシリコンメンブランがある。前者は不活性ガス(二酸化炭素など)の処理には向いているが、吸着性のあるガスは多孔質表面に吸着ロスするので不向きである。有機物を透過するのに適したシリコン素材が開発されており、多成分VOCの測定にはシリコンメンブランが適している。シリコンにVOCが溶解して、液相-シリコン相-気相で平衡に達する仕組みなので、メンブラン表面への吸着ロスという概念はあてはまらない。ちなみに、シリコンメンブランの表面に有機物が多少付着しても、ハロカーボンの透過性にはあまり影響しない。海水を勢いよく流して、チューブ面と海水が接触する機会を増やしてやるのが大事である。金属酸化物などでシリコン表面が覆われてしまうと平衡器の性能が悪くなるので、水配管からの鉄錆には注意が必要である。また、極細のシリコンチューブを数千本束ねた中空糸膜カートリッジも発売されている。これは接触効率を稼ぐには優れているものの、海水を連続処理するには耐久性に問題が生じるだろう。現状では、直径2mm程のシリコンメンブランチューブを利用するのが適しているが(次節で説明)、気液平衡器として市販されていないので材料を調達して自作するしかない。この制作には相当な手間がかかるので、水試料中のガスを連続測定する方法として定着するには至っていない。バブリング式でもメンブランチューブ式でも、送られてきた海水のVOC分圧が気相側へ応答するまでにある程度の時間を要する。後で述べるシリコンチューブ式気液平衡器の場合、1020分くらいの時間差をもって海水中VOC分圧がシリコンチューブ内の気相側に応答するようだ。したがって、それより高時間分解能でVOC分圧をモニタリングするのは難しくなる。

    •  高揮発性のVOC(フロン類やイソプレン、クロロメタンなど)から吸着性のあるVOC(ブロモホルムやクロロヨードメタン、ジヨードメタンなど)まで多成分を同時にオンライン測定するのを目指したので、シリコンメンブランチューブ式の気液平衡法を採用した。

      測定手法

       大気と表面海水中のハロカーボン分圧を交互に測定するため、自動大気濃縮器-ガスクロマトグラフ-質量分析計(GC-MS)の技術を応用した。これは国立環境研究所が大気中のVOCを離島にて無人でモニタリングするシステムを基にしている(Yokouchi et al., 2006)。自動大気濃縮器には太陽計測器社製のカスタムメイド品を使用して、GC-MSAgilent社製5973/6890)と連動させている。まず、研究船の船底から海水を常時汲み上げて表面海水試料に供した(研究用海水)。海水に溶けているVOCを連続的に抽出するため、シリコンメンブランチューブ式の気液平衡器を開発した(Ooki and Yokouchi, 2008)。システム全体の概要を図1に示し、以下に気液平衡器の構造を説明する。直径2mm、長さ10mのシリコンチューブ(富士システムズ社製, material Q7-4780, 80SH)6本束ねてポリ塩化ビニル(PV)パイプの中に通した。シリコンチューブ内に純空気を流し、シリコンチューブの外側(PVパイプの内側)に試料海水を常時流した。シリコンチューブ内の圧力を1.4気圧、空気の流速を25mL min-1に保った。圧力値が分圧に比例するので、高精度な圧力制御が必要である。本システムではピエゾバルブ式の圧力コントローラ(堀場エステック社製, PV-1000)を使用した。大気圧よりも高くした理由は、圧力制御を高精度にするためと、万一シリコンチューブが破損した場合、シリコンチューブから分析計側に海水が浸入するのを防ぐためである。



       試料海水中のVOCはシリコンを透過してチューブ内の空気側に移動する。シリコンチューブと海水の接触時間が十分長ければ、海水と空気中のVOC分圧は平衡に達する(平衡状態の確認試験を次節で述べる)。その試料空気を自動大気濃縮器に導入してVOC2段階でクライオフォーカスしたのち、GC-MSでハロカーボンを検出した。また、屋外空気を船内実験室まで常時吸引して大気試料に供した。大気の吸引ラインは数十メートルにも及ぶため、大気ラインでのVOCの吸着ロスを極力抑える必要がある。そのため、一旦大流量ポンプで吸引して(30L/min)、分析計の直前で大気ラインを分岐してメタルベローズポンプに導入した。メタルベローズポンプでは大気試料を吸引・加圧しながら大気濃縮器へ常時導入した。大気試料中のハロカーボンについても同様にGC-MSシステムで検出した。大気濃縮器に常時接続されているサンプルラインは、気液平衡器ライン、大気ライン、標準試料空気ライン(2系統)、ヘリウムライン(ブランク測定)の計6系統でコンピュータ制御で切り替えることができる。大気濃縮器に導入した試料空気中のVOC分圧を定量するため、混合VOC標準空気中(ハロカーボン類100pptv – イソプレン 10ppb)VOCを同様に測定した。混合VOC標準空気に含まれないVOC成分(CH2ClI, C2H5I)については、CH2ClIC2H5I, C2Cl4の原液をメタノールに希釈した混合標準溶液を加熱気化して同様に測定し、C2Cl4に対するCH2ClIC2H5Iのレスポンス比から定量した。定量成分は、クロロメタン(CH3Cl),ブロモメタン(CH3Br), ヨードメタン(CH3I),ジクロロメタン(CH2Cl2), ジブロモメタン(CH2Br2),トリクロロメタン(CHCl3),トリブロモメタン(CHBr3,クロロヨードメタン(CH2ClI),ヨードエタン(C2H5I)CFC-11(CCl3F)HCFC-22(CHClF2)である。




    • シリコンメンブランチューブ気液平衡器による平衡状態の確認


       気液平衡器を用いる際に一番大事なのは、その空気が本当に気液平衡に達しているか、を補償することである。メンブランチューブを数千本束ねたカートリッジ式の気液平衡器が市販されている。これは平衡状態に達するのが容易であり、検証実験に用いるのに有効である。ただし、構造が繊細なため、海水を連続的に処理するには不向きである。同じ水を二つの平衡器で交互に測定して、測定結果が一致していれば、シリコンメンブランチューブ(6本×10m)でも平衡状態に達していることが確認できる。その結果、私たちが目的とした成分については、平衡状態に達していた。




    • シリコンメンブランチューブ気液平衡器の内部洗浄


       自然の水を測定すると、水中の有機物粒子が平衡器内部に蓄積します。定期的な洗浄が必要です。下の写真は、霞ケ浦の湖水を3日間連続測定したときの平衡器内部に付着した汚れです。



       水を流すライン(平衡器より上流)から、水を流しながら圧縮空気を送ると、強力な気泡とともに汚れが洗い流されます。有機物粒子の多い自然水を連続測定するときには、1週間に1度くらい、洗浄するとよい。


    • 参考文献: Ooki and Yokouchi, Development of a silicone membrane tube equilibrator for measuring partial pressures of volatile organic compounds in natural water, ENVIRONMENTAL SCIENCE & TECHNOLOGY (42), 5706-5711 (2008), DOI: 10.1021/es800912j

    • 日本語雑誌に寄稿した気液平衡器GC-MSシステムの総説論文です。売り切れなので、図書館で閲覧してください。