單元大綱


    •  つぎに、オスの目の前に複数のメスがいて、そのうち、どのメスをガードするのかというお話です。こちらのほうが、多くの人が「選択」としてイメージする方の配偶者選択かもしれませんね。


    •  このときの選択基準として、2つの基準が考えられます。1つは、オスが産卵が間近なほうのメスを選ぶという基準です。じつはテナガホンヤドカリの繁殖期は1ヶ月程度です。この期間中にできるだけ多くのメスと交尾できたほうが、オスにとって繁殖成功度が上がる(子の数が増える)と期待できます。できるだけ産卵間近なメスを選んでおいたほうが、1ヶ月間で交尾できる数が増えるため、オスは産卵間近なメスを選ぶと予想できます。


    •  もう1つは、大きなメスを選ぶという基準です。ヤドカリのメスの産卵数は、体が大きいほど多くなるので、できるだけ大きなメスと交尾できたほうが、オスにとって繁殖成功度が上がると期待できます。


    •  これらの選択基準でメスを選んでいるかどうかを確かめるために、メスを2個体、オスを1個体の合計3個体を同じ水槽に入れて、2個体のメスのどちらかをオスに選ばせる実験をしました。そして、選ばれたメスだけでなく、選ばれなかったメスもオスと一緒にして、それぞれがどのタイミングで産卵したかを確かめました。最後にオスとメスの体の大きさを測定しました。この実験はヨモギホンヤドカリとテナガホンヤドカリでおこないましたが、結果は、種間で異なるものとなりました。


    •  これがヨモギの配偶者選択の結果です。オスのサイズを大型と小型に分けて解析しています。このグラフはちょっと難しいので、じっくり眺めてください。まず縦軸は、オスが大型メスを選んだのか、それとも小型メスを選んだのかとなっています。横の平面をつくっている2つの軸は、体長差と成熟度の差です。この「差」は、大型メスと小型メスの引き算をした結果です。成熟度とはメスが交尾・産卵するまでにかかった日数なので、「この値が大きいほどメスの成熟度が低い」ということに注意してください。この値がプラスであれば、大型メスの産卵日が小型メスよりも遅かったことになります。

       今回のグラフでは、成熟度の差が0からマイナスになるにつれて、大型メスを選んだ確率が上がっています。いっぽう、体長差が違っても、オスが大小どちらのメスを選ぶかという結果には、あまり影響を及ぼしていないことがうかがえます。つまり、ヨモギホンヤドカリのオスは、成熟度を基準にしてメスを選んでいて、体長を基準にはしていないのです。


    •  これは、交尾前ガード中のオス(ペアオス)が他のオスとメスをめぐって闘争したときの勝敗を図示したものです。オス間闘争は基本的に、サイズが大きいほうが勝つのですが、ガード中のメスの産卵が近いときほど、ペアオスの勝率が上がっていることがわかります。例えば、2個体のオスのサイズ差が0のとき、実線のS字曲線が一番上に切片があることから、そのことが分かりますね。メスの成熟度が低い、つまり、産卵まで2日以上かかる場合が一番下にあるS字曲線です。ガード中のメスが産卵するまで時間がかかるときほど、つまり、ガードしているメスの「配偶相手としての質」が低いときほどペアオスは負けやすくなるようです。


    •  一方、テナガホンヤドカリでは、大きく異なる結果となりました。今度は、メスの体長差がオスの配偶者選択に重要な基準となっていることが分かると思います。さらに、小型オスと大型オスとでは、配偶者選択のしかたが違っているように見えますね。小型オスのグラフは、大型オスのグラフとヨモギのグラフの中間的な形をしています。つまり、小型オスは、メスを選ぶときに、体長だけでなく成熟度も選択基準としているようです。小型オスが大型オスに出会うとメスを奪われてしまうことが多いので、たとえ小さなメスでも早く産卵してくれるほうがよいのかもしれません。


    •  最後に、ホンヤドカリについて紹介します。前の2種と異なり、ホンヤドカリの配偶者選択では、実験しても明確な結果が得られませんでした。しかも、ホンヤドカリでは、2個体のメスのうち、どちらも選ばない個体もみられました。



    •  このオスたちが「やる気」を失ったのかというと、そうでもありません。なぜなら、実験のあとで野外でガードしていたメスと再会させてやると、そのメスはちゃんとガードするからです。どうやら、テナガと同じように、ホンヤドもメスを個体識別かなにかしているようです。



    •  ただ、野外でもそうだとしたら、なんだか繊細すぎる気もします。