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    •  配偶者選択には、大きく分けて2種類あります。1つは、1個体のメスと出会ったとき、そのメスをガードするのかという配偶者選択です。生理的な「機構」についての説明だけならば、「オスはフェロモンを感知したらメスをガードする」という単純な話になりそうですが、じつは彼らはそこまで単純な生物ではありません。


    •  例えば、ライバルとなるオスが相対的に多いときや、配偶相手となるメスが相対的に少ないとき、つまり性比がオスに偏っているときとメスに偏っているときならば、前者のときのほうがメスを早くからガードしておく必要がありそうです。近くにいるオスが自分にとって手強いオスであるときと、自分よりも弱いオスであるときも同様です。

       また、メスとの頻繁に出会える場合と遠距離恋愛のようになかなか出会えない場合も、ガードするかしないかという意思決定は違ってきそうです。

       そこで、私たちは、テナガを対象に、そのことを確かめる実験をしてみました。



    •  すると、期待通りの結果が得られました。テナガホンヤドカリのオスは性比がオスに偏っているときのほうが、早めにメスをガードし始めました。その結果、メスが産卵するまでにかかったガード時間は、性比がオスに偏っているときのほうが長くなりました。



    •  また、体格差が小さく、自分にとって手強いオス(ライバル)が近くにいるときのほうが、そのライバルが小さく弱いときよりも、オスはメスを早めにガードし始めました。これは、ライバルよりも先にガードしてしまったほうが、後から、他のオスからメスを奪い取ろうとするよりも有利だからと考えられます。

       このグラフは大型オスのガード時間を縦軸にしています。小型オスが相対的に大きく、体格差が小さいときほど、ガード時間が長いことが分かりますね。



    •  そして最後に、3つの水槽にオスを1個体ずつ入れて、そこに1個体のメスを加えて、そのメスがふだんから一緒にいる条件と、6時間毎に10分間だけメスと出会える条件、そして1日に10分間だけメスと出会える条件となるように、メスを隣の水槽へと移しては10分経ったら元の水槽に戻すという操作を繰り返しました。オスがメスをガードし始めても、10分経ったらそのメスを引き離して戻します。オスにとっては切ないですね。

       その結果、予想通り、メスとの遭遇頻度が低いオスほど早くからメスをガードし始めるという結果が得られました。つまり、テナガホンヤドカリは、メスの性フェロモンに加えて、性比やライバルの手強さ、そしてメスとの遭遇頻度などの様々な情報を利用して、交尾前ガードを始めるか否かという配偶者選択をしているのです。テナガホンヤドカリの大きさは小指の爪程度。こんなに小さな動物でも、周囲の状況や優劣関係、そして過去の情報(遭遇頻度)に応じた行動ができるのは驚きですね。