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    •  行動生態学とは個体レベルの生態学だと先ほど述べましたが、もう少し詳しく説明しましょう。

       行動生態学は、生物個体が環境とどのように関わっているのかを研究します。ここでいう環境には、水の流れや光の強さ、温度、塩分など、物理・化学的な要因以外に、捕食者や餌となる生物、競争相手、配偶相手、親や子のような他の生物も含まれます。そして、相互作用、関わりあいは、双方向的です。例えば、生物が流れの速すぎる場所や捕食者を避けることのように、環境に応じて生物が行動を変えることもありますが、生物がいることによって流れが遅くなったり、捕食者が近くにやってきたりすることもありますね。つまり、生物が環境を変えることもあるわけです。行動生態学は、このような相互作用を研究します。

       このように、生物と環境の相互作用を研究するという生態学の本筋は外しませんが、それに加えて、進化を意識した研究が行われる点が、動物行動学の他の分野(動物心理学や神経生理学、行動遺伝学など)とは異なるところです。このことについては、次以降のスライドで少し詳しく説明しましょう。

       なお、行動生態学は、その名の通り、生物の行動を研究対象としています。ただし、形(体の大きさ、模様なども含む)や生活史(一生のスケジュールや成長速度など)も、行動と密接に関係しているので、行動生態学では、それらの性質もあわせて研究することが多いです。


    •  「なぜある動物がある行動をするのか」という問いに答えようとするとき、大きく分けて4通りの答え方があります。左上の「機構」とは、動物の行動を司る体内の仕組みであり、ホルモンや、脳と神経系、あるいは遺伝子などに注目した答え方となります。右上の「発達」は、個体が生まれてからその行動を行うようになるまでの過程に注目します。「発達」は「機構」よりも長い時間を想定していることになります。右下の「歴史」は、その生物の進化系統関係において、その行動がどのように進化してきたのかという過程に注目します。そして、「機能」とは、その行動が進化の結果として現在まで残ってきた仕組みを考えます。これら4通りの答え方は明確に分離できるわけではなく、境界はあいまいです。ただ、4通りの答え方のどれか1つの正解が分かっても、それが、他の答え方の答えになるわけではないので、4通りの答え方があることを認識しておくことは重要です。行動生態学は、とくに「機能」の答え方に注目している学問分野です。



    •  では、行動に「機能」があると考えられる理由はなんでしょうか。それは生物が自然淘汰によって進化してきたからです。自然淘汰による進化の結果、生物の多くの性質は「機能」、つまり、生存率を高めたり、卵や子の数が増やすうえで有益な側面をもつようになっていると考えられます。逆に言えば、その「機能」に劣る行動や、そもそも「機能」がない無駄な行動は、長い進化のなかで頻度を減らしていったと考えられます。



    •  たとえば、従来の行動に比べて生存率を1%だけ上げる遺伝的な行動が突然変異などによって生じたとします。個体群が小さければ、この行動が増えるか減るかは偶然に強く左右されますが、個体群がある程度大きければ、進化が進むにつれて、その行動は着実に個体群の中で頻度を増やしていきます。このように、生存率や繁殖成功度(卵や子の数)にほんのわずかな違いでもプラスの効果を生む行動は、長い進化のなかでは多数派となっていくので、現在の生物の行動には、多くの場合、なんらかの「機能 (生存率や繁殖成功度を上げる効果)」があると期待できるのです。



    •  このような理由で、行動生態学では、生物の行動は環境に適応しているという前提をおいて、その行動の機能を探っています。