緩衝液の実験
Section outline
-
(1) 溶液の様々な調製法
所定の組成の溶液を再現性良く調製できることが必要である。必要とされる濃度の正確さは、使用目的によって異なる。濃度の表し方は、下記の4つがよく用いられる。
重量パーセント濃度 〇% (w/w)、〇%wt
「溶液100 gに、何グラムの溶質が溶けているか」
例)10% (w/w) 水酸化ナトリウム水溶液
〇天秤で10 gの水酸化ナトリウムを計り取り、90 g(比重を1とする場合、メスシリンダーで90mLを計り取る)の水に溶解する。
×天秤で10 gの水酸化ナトリウムを計り取り、100 mLの水に溶解する。→ 10 ÷(10+100)×100=9.09% (w/w)の溶液になってしまう。
重量体積パーセント濃度 〇% (w/v)
「溶液100 mLに、何グラムの溶質が溶けているか」
例)5% (w/v) 塩化ナトリウム水溶液
〇天秤で5 gの塩化ナトリウムを計り取り、ビーカーで少量の水に溶解し、それを容量100 mLのメスフラスコに移して、水で100 mLにメスアップする。
△天秤で5 gの塩化ナトリウムを計り取り、100 mLの水に溶解する。→溶質を加えることで、体積が増大することを考慮していない。
体積パーセント濃度 〇% (v/v)
「溶液100 mLに何mLの溶質が溶けているか」
例) 20% (v/v)エタノール
〇メスシリンダーで20 mLのエタノールを計り取り、これを容量100 mLのメスフラスコに入れて、水を加えて100 mLにメスアップする。
×2本のメスシリンダーのそれぞれに、20 mLのエタノールと80 mLの水を取り、ビーカーに注ぎだして混合する。→ 100 mLの溶液にはならない。
モル濃度 〇M、〇mol/L
「溶液1 Lに何molの溶質が溶けているか」
例) 0.5 M 塩化ナトリウム
〇塩化ナトリウム(NaCl: 式量58.44)0.5 mol(0.5×58.44=29.22 g)を天秤で計り取り、ビーカーに移して水を加えて溶解する。これを1 Lのメスフラスコで1 Lにメスアップする。
※溶液の希釈(重量体積パーセント、体積パーセント、モル濃度の場合)
x分の一の濃度にする。→溶媒で体積をx倍にする。
例)0.5 M NaClを0.01 M NaClに希釈したい。
〇濃度を1/50にする。→0.5 M NaCl溶液10 mlを500 ml容量のメスフラスコに取り、水でメスアップする(体積を50倍にする)。
〇0.5 M NaCl溶液10 mlをメスシリンダーで計り取った490 mlの水と混合する。
(2) 緩衝作用の原理
緩衝液とはpHを一定に保つ性質を持った溶液であり、生物組織の各種の処理、細胞の培養、酵素反応、生体成分の分析など、生物学および生化学のあらゆる実験で多用される。緩衝液は、弱酸とその共役塩基、または、弱塩基とその共役酸が溶液中に共存する状態を作り出すことによって作成する。例えば、Tris-HCl緩衝液では、Tris(トリスヒドロキシメチルアミノメタンの略称)が弱塩基、それがプロトン(H+)を受け取ってできる陽イオンが共役酸である。これらが溶液中に共存する時、外部から酸が入ってきた場合、式1の反応が右向きに進行することで、水素イオン濃度の上昇が抑えられる。一方、外部から塩基が入ってきた場合には、式1の反応が左向きに進行することで、塩基を中和する。
単に、トリスを水溶液とした場合にも、式2の反応が起こって、トリスとその共役酸が共存した状態となるが、その場合は、[Tris] >> [共役酸] となり( [ ]はモル濃度を意味する)、酸に対しての緩衝作用はあるものの、塩基に対しての緩衝作用はほとんど示さない。酸、塩基両方に対しての緩衝作用が最大となるのは、[Tris] = [共役酸] のときである。そのような状態を作り出すため、ここでは、トリス水溶液にその半分程度のモル量の塩酸を加える方法で、緩衝液を作成する。
【実験3-1】 0.5 M Tris-HCl (pH 7.5) の調製
Trisと塩酸で作成した緩衝液でpHを7.5に保つ性質を持つ。Trisとその共役酸の濃度の和が0.5 Mとなる。100 mL調製する。
(a) 水に溶解して体積を100 mLとした場合に、0.5 Mとなる重量のTrisを電子天秤で薬包紙に取る(Trisの分子量は121.14)。
電子天秤の使い方(動画)
(b) 薬包紙上のTrisをすべて、100 mLビーカーに移す(薬包紙に残るTrisは洗ビンの純水を吹きかけて、ビーカーへ落とすこと)。
(c) 100 mLを超えないように純水を加え、ガラス棒で攪拌して溶解する。
(d) pHメーターを準備する(校正はpH 6.86と9.18の標準緩衝液で行う)。
(e) マグネチックスターラーで攪拌しながら、溶液のpHを測定する(塩基性を示す)。
(f) 6 M HCl(取り扱い注意)を数滴ずつ駒込ピペットで加え、pHを7.5に合わせる。
(g) 溶液をすべて100 mLメスフラスコに移す。
(h) 洗ビンの純水で100 mLにメスアップし、栓をして攪拌する。
(i) 内容物を三角フラスコに移し、密封して、冷蔵庫に保管する。
【実験3-2】 0.5 M リン酸ナトリウム緩衝液 (pH 7.0) の調製
溶液中にH2PO4- (弱酸) とHPO42- (共役塩基)が共存することで緩衝作用を示す。
(a) 水に溶解して体積を100 mLとした場合に、0.5 Mとなる重量のリン酸二水素ナトリウム(NaH2PO4、式量119.98)を電子天秤で薬包紙に取る。
(b) 薬包紙上のリン酸二水素ナトリウムをすべて、100 mLビーカーに移す。
(c) 100 mLを超えないように純水を加え、ガラス棒で攪拌して溶解する。
(d) pHメーターを準備する(校正はpH 6.86と9.18の標準緩衝液で行う)。
(e) マグネチックスターラーで攪拌しながら、溶液のpHを測定する(酸性を示す)。
(f) 4 M NaOH(取り扱い注意)を数滴ずつ駒込ピペットで加え、pHを7.0に合わせる。
(g) 溶液をすべて100 mLメスフラスコに移す。
(h) 洗ビンの純水で100 mLにメスアップし、栓をして攪拌する。(i) 内容物を三角フラスコに移し、密封して、冷蔵庫に保管する。
【実験4】 緩衝液の緩衝作用の測定
作成したTris-HCl (pH 7.5) 緩衝液、並びに、リン酸ナトリウム緩衝液 (pH 7.0) に、塩酸または水酸化ナトリウム溶液を滴下し、pHの変化を観察する。ブランクテストとして、純水に対しても同様の操作を行い、結果を比較する。
(a) 0.5 Mの緩衝液を純水で希釈して20 mMの緩衝液100 mLを調製する(4.0 mLをメスピペットでメスフラスコへ取り、純水を加えて、100 mLにメスアップする)。
(b) 希釈した緩衝液のうち、80 mLをメスシリンダーでビーカーへ量り取る。
(c) pHメーターの校正を行う。
(d) マグネチックスターラーで攪拌しながら、pHを測定する(希釈前とあまり変わらないことを確認せよ)。
(e) 0.1 M HClをメスピペットで1.0 mL加え、pHを読みとって記録する(1 mL以上加えてしまった場合は、加えた体積を記録しておく)。
(f) 合計10 mLを加えるまで、(e)の操作を繰り返す。
(g) 新たに、20 mM の緩衝液を100 mL準備し、HClの代わりに0.1 M NaOHを加える測定を行う((a)から(f)の操作を繰り返す)。
(h) 縦軸にpH、横軸に加えたHClまたはNaOHの体積を取ったグラフを作成する(図5)。
(i) 測定は、純水80 mLについても行いコントロール実験とする。図5 滴定曲線の例
※緩衝作用が有効なpHの範囲は緩衝成分によって異なっている。従って、目的とするpHに応じて緩衝成分を選択する必要がある。
(例)
Tris:pH 7~9
リン酸二水素塩:pH 6~8
酢酸塩:pH 4~5.5
ホウ酸塩:pH 8.5~9.5
※緩衝液を希釈してもpHはあまり変化しないが、緩衝成分の濃度が高いほど緩衝能力は大きい。従って、0.5 M Tris-HClの方が20 mM Tris-HClよりも緩衝能はずっと大きい。
※生物学や生化学の実験では、緩衝液に他に成分を追加して用いることが多い。以下に例を挙げる(組成やpHは実験者によって多少異なるのが実情なので注意が必要である)。
○PBS (phosphate buffered saline)
150 mM NaCl, 10 mM NaH2PO4 (pH 7.4)
リン酸二水素イオンを弱酸、リン酸水素イオンを共役塩基とした緩衝液で、イオン強度(浸透圧)を生理的条件に近づけるため、NaClを加えている。細胞を洗浄したり、回収したりする際に用いられる。
○TE buffer
10 mM Tris-HCl (pH 8.0), 1 mM EDTA
DNAの溶媒として良く用いられる。EDTAはDNA分解酵素から二価金属イオンを奪って失活させる働きを持ち、DNAの分解を防ぐ。
【課題】
式1の平衡定数は、
K1 = 2.0×108
また、式3の平衡定数は、
K3 = 6.2×10-8
である。これらの値から、それぞれの緩衝液が最も高い緩衝能を示すpHを求め、各自が作成した滴定曲線上に示せ。