Section outline

    • 海洋化学教科書(PDF)ダウンロード:https://repun-app.fish.hokudai.ac.jp/mod/folder/view.php?id=27034

    • 太平洋の海洋循環(詳細)
      先述したベルトコンベヤーモデルの気象庁図によると、北太平洋の高緯度域で深層水が表層に浮上しているように表現されている。


       
      図 ベルトコンベヤーモデル(気象庁HP)

      図 太平洋における水温南北鉛直断面(気象庁HP)

      しかし、北太平洋で底層水が深層まで浮上するものの、深層水が表層まで直接浮上するわけではない。その詳しい様子を次頁の、太平洋を縦断するライン(図a)における鉛直断面図b,cで説明する。太平洋の密度アノマリー断面(図b)の左(南極大陸)から、密度27.8以上の高密度水が海底に沿って北上している。その水が北緯30度に至る頃には、密度27.7まで低密度化して厚さ(2000 m~海底)を増している。図cを見ると、北太平洋の水深2500 m付近(密度27.7)で14C比の極小の水塊が見られる。大気から隔離された深層水では時間の経過とともに14C比率が低くなるので、14C比率の極小は、世界で一番古い海水である(大気から隔離されてからの年数が最も長い)ことを意味する。その古い水が、北太平洋高緯度の深層から舌状に伸びる様子が見られる。その直上(2500 m以浅)の水は、浅くなるにつれて急に密度が小さくなっており(強い成層状態)、表面から深層上部までは、鉛直的な水の混合が著しく制限されている。0 mから1000 mまでの水は、14C比率がゼロに近い“新しい水で”である。これは、表層の水(14C比率がゼロ)が水深1000mより深い方へ沈みずらいこと、また、深層水が直接表面に浮上しないことを示唆している。

       
      図 南北太平洋における鉛直断面(GLODAP v2 2022, web odvで作図),(a)断面マップを描いた場所(赤枠),(b) 密度アノマリー, (c) 放射性炭素14C比率.南極底層水の流れと北太平洋深層水の南下の様子を白太長矢印線で表し、その深層の先(南太平洋)で深層水が鉛直拡散する様子を上下矢印、北太平洋亜寒帯域の表層へ深層や中層の影響が及ぶ様子を上向き矢印で表した。


      北緯45度以北の亜寒帯循環域を詳しく見ると、14C比率の低い水が表面付近まで迫っている。これは、亜寒帯域では冬季鉛直混合が活発なため、古い深層水(低14C比率)と、新しい表層水(14C比ゼロ付近)が中層を介して“鉛直的に混ざりつつある”ことを意味する。ここで、“混ざりつつある”と表現したのは、完全に均一になるまで混合しているのではないことを意味する。完全に混合すれば、表面から1000 m付近まで、密度や14C比率は鉛直一様になるが、そうではなく、急な鉛直勾配を保っている。イメージとしては、1000 mの水と900 mの水が半分ずつ混ざり、900 mの水と800 mの水が半分ずつ混ざり、、、のように段階的に少しずつ混ざっている様子である。ただし南大洋の高緯度域(60度以南)では、亜表層(200 m)から深層に至るまで、14C比率が低め(-150‰)の水が行き渡っている。このような場所では、冬場の鉛直混合で深層の水が大気に暴露されることを意味する。北太平洋には、そのように深層と表面を直結する場所は無い。

    • 補足として、主要栄養成分のケイ酸塩(Silicate)の南北鉛直断面図を図dに示す。ケイ酸塩は、植物プランクトンの珪藻がシリカの殻を作るときに必要とされる。海水中にシリカ殻があると、遅い速度でシリカが溶解してケイ酸塩に戻る。そのため、深層循環の長い時間(数百年くらい)をかけて、徐々にシリカが溶解、海水中にケイ酸塩が蓄積してゆく。ケイ酸塩と14C比の鉛直断面が似た形をしているのがわかる。つまり、14C比率の低い(古い)水は、高濃度ケイ酸塩を含んでいる。表層から底層に至るまでのケイ酸塩分布は詳細に調べられているので、太平洋の底層・深層流の研究(Kawabe and Fujio, 2010)ではケイ酸塩分布を利用している。


       
      図(つづき) 南北太平洋におけるケイ酸塩濃度の鉛直断面

    • 補足:北太平洋底層水が浮上する場所(高緯度よりも低緯度が重要?)
       先述したように、北太平洋深層水は反転して南下する様子が確認でき、深層水が南下する途中でジワジワと表層にもたらされる。その様子をもう少し丁寧に説明しよう。北太平洋の深層水は全体的には南下傾向にあり、南下途中で一部は乱流混合により浅い層へもたらされる。北太平洋で深層水が中層へ浮上する場所は高緯度域に限らず、むしろ、西部北太平洋の中緯度(伊豆小笠原海嶺や周辺の海膨)での浮上が重要であることが、Kawabe and Fujio (2010)Kawasaki et al., 2022から明らかにされつつある。

      Kawabe and Fujio(2010)によると、北太平洋深層(2000 m以深)に供給される海水19 Sv= 19×106 m3/s)のうち、13 Sv67%)が深層を南下して南大洋へ抜け、6 Sv33%)が乱流混合により2000 m以浅に浮上する。この論文図(Kawabe and Fujio, 2010Fig2Fig3)を統合し、下図に北西太平洋の部分だけを抽出した。南大洋から北上してくる南極底層水(論文中では、下部周極深層水LCDWとしている)は、主に太平洋の最深部、伊豆小笠原海溝~日本海溝~千島海溝~アリューシャン海溝周辺の深いところを北上する。北上した先(アリューシャン列島周辺やアラスカ湾など)で深層へ浮上、さらにアリューシャン列島の海峡で中層まで浮上する部分がある。深層水が中層へ浮上する場所は、高緯度域だけでなく、台湾東部のフィリピン海、ハワイ海嶺やその先の海膨での浮上も重要である。

      図 底層水の流れと底層水の湧昇域、深層水の流れと深層水の湧昇域の模式図(Kawabe and Fujio, 2010の図を元に作成した)

    • 次に、水粒子の移流拡散を物理モデルでシミュレーションして、底層水や深層水の移動を明らかにした研究(Kawasaki et al., 2022)を紹介する。南大洋から太平洋へ流入する底層水は西部南太平洋・サモア水道を通過する。サモア水道の低層から、物理モデルで水粒子を放出し、その軌跡を追った。太平洋に流入した底層水粒子の46.5%が深層下部(2000–3500 m)まで浮上してから南大洋へ戻る。この経路では、太平洋内で水が表層まで浮上することは無い。それ以外の53.3%は太平洋内で底層から深層下部へ浮上、さらに深層上部(2000 - 1000 m)、中層(1000 - 500 m)、表層・亜表層(0 - 500 m)への浮上を段階的に経たのち、インド洋(28.8%)、北極海(13.9%)へ流出、もしくは太平洋内で蒸発(10.6%)する。残り0.2%だけ3000年後も太平洋内に残留する。


       
      図 西部南太平洋のサモア水道(南極底層水の入口)を通過した底層水が、最終的に太平洋内で表面に露出した(蒸発した)水の代表的な経路.左図gは、移動経路を線で表しており色は水深を意味する。右図hは、底層由来の水粒子が初めて水深3500 m面を浮上(青)、2000 m面を浮上(赤)、1000 m面を浮上(緑)、500 m面を浮上(黄)したところを表す。(Kawasaki et al. (2022)のFigure 3g, hより転載)

      上の図hを見ると、底層水が深層(3500 m)へ浮上する主な場所(青)は伊豆小笠原海嶺とその東側の海膨であることがわかる。さらに、上部深層(2000 m:赤)へ浮上するのは、伊豆小笠原海嶺・海溝の北部や琉球列島・海溝である。亜表層(500 m:黄)へ浮上するのは日本列島東方沖(混合域)である。混合域で亜表層まで浮上しても、その近傍で表面まで浮上するわけではない。上の図gを見ると、底層水由来の水が表面に露出するのは、主に熱帯海域と亜寒帯海域であることがわかる。これらの海域は発散域なので、深い水が表面近くまで押し上げられることが原因である。つまり、混合域で亜表層(200 - 500 m)まで浮上してから、亜寒帯循環へ移動したのち表層へ浮上、もしくは亜熱帯循環を経て熱帯湧昇に取り込まれてから表層へ浮上することが考えられる。いっぽう、亜熱帯海域は収束域なので、表面まで浮上する水が少ないことがわかる。また、千島列島やアリューシャン列島も局所的な浮上場所になっている。
      サモア水道から流入する底層水の一部(10%)は、短時間(数年以内)で表層に浮上するが、それ以外は、表層へ浮上するまで、平均数百年かかることが見積もられている。


      Kawabe, M. and Fujio, S. (2010) Pacific Ocean circulation based on observation. Journal of Oceanography, 66, 389–403. doi:10.1007/s10872-010-0034-8
      Kawasaki, T., Matsumura, Y., and Hasumi, H. (2022). Deep water pathways in the North Pacific Ocean revealed by Lagrangian particle tracking. Scientific Reports, 12, 6238. doi: 10.1038/s41598-022-10080-8

    • 海洋化学もくじ:https://repun-app.fish.hokudai.ac.jp/course/view.php?id=457