次に、水粒子の移流拡散を物理モデルでシミュレーションして、底層水や深層水の移動を明らかにした研究(Kawasaki et al., 2022)を紹介する。南大洋から太平洋へ流入する底層水は西部南太平洋・サモア水道を通過する。サモア水道の低層から、物理モデルで水粒子を放出し、その軌跡を追った。太平洋に流入した底層水粒子の46.5%が深層下部(2000–3500 m)まで浮上してから南大洋へ戻る。この経路では、太平洋内で水が表層まで浮上することは無い。それ以外の53.3%は太平洋内で底層から深層下部へ浮上、さらに深層上部(2000 - 1000 m)、中層(1000 - 500 m)、表層・亜表層(0 - 500 m)への浮上を段階的に経たのち、インド洋(28.8%)、北極海(13.9%)へ流出、もしくは太平洋内で蒸発(10.6%)する。残り0.2%だけ3000年後も太平洋内に残留する。

図 西部南太平洋のサモア水道(南極底層水の入口)を通過した底層水が、最終的に太平洋内で表面に露出した(蒸発した)水の代表的な経路.左図gは、移動経路を線で表しており色は水深を意味する。右図hは、底層由来の水粒子が初めて水深3500 m面を浮上(青)、2000 m面を浮上(赤)、1000 m面を浮上(緑)、500 m面を浮上(黄)したところを表す。(Kawasaki et al. (2022)のFigure 3g, hより転載)
上の図hを見ると、底層水が深層(3500 m)へ浮上する主な場所(青)は伊豆小笠原海嶺とその東側の海膨であることがわかる。さらに、上部深層(2000 m:赤)へ浮上するのは、伊豆小笠原海嶺・海溝の北部や琉球列島・海溝である。亜表層(500 m:黄)へ浮上するのは日本列島東方沖(混合域)である。混合域で亜表層まで浮上しても、その近傍で表面まで浮上するわけではない。上の図gを見ると、底層水由来の水が表面に露出するのは、主に熱帯海域と亜寒帯海域であることがわかる。これらの海域は発散域なので、深い水が表面近くまで押し上げられることが原因である。つまり、混合域で亜表層(200 - 500 m)まで浮上してから、亜寒帯循環へ移動したのち表層へ浮上、もしくは亜熱帯循環を経て熱帯湧昇に取り込まれてから表層へ浮上することが考えられる。いっぽう、亜熱帯海域は収束域なので、表面まで浮上する水が少ないことがわかる。また、千島列島やアリューシャン列島も局所的な浮上場所になっている。
サモア水道から流入する底層水の一部(10%)は、短時間(数年以内)で表層に浮上するが、それ以外は、表層へ浮上するまで、平均数百年かかることが見積もられている。
Kawabe, M. and Fujio, S. (2010) Pacific Ocean circulation based on observation. Journal of Oceanography, 66, 389–403. doi:10.1007/s10872-010-0034-8
Kawasaki, T., Matsumura, Y., and Hasumi, H. (2022). Deep water pathways in the North Pacific Ocean revealed by Lagrangian particle tracking. Scientific Reports, 12, 6238. doi: 10.1038/s41598-022-10080-8