有用紅藻類における生殖機構に関する研究
Topic outline
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海洋応用生命科学部門・育種生物学分野・宇治研究室の紹介です
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海藻の持続的な生産のためには、これらの繁殖戦略を理解した上で、藻場の保全や増養殖を適切に行っていく必要があります。海藻において繁殖が成功するためには、最適なタイミングで生殖することが重要であるため、海藻は外界の環境の変化を感知することで、成長から生殖の転換を厳密に調節していると考えられていますが、これらの制御機構は不明です。そこで本研究室ではアジア圏で養殖が盛んな海苔の原料である紅藻アマノリ類を主要な研究対象とし、本属の生殖機構に関する研究を行っています。またこれらの知見を基に寒天の原料として重要な紅藻オゴノリなどの生殖機構に関する研究も行っています。
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日本において主要な海苔の原料はアマノリ属スサビノリであり、食用とされているのは配偶体(葉状体)です。配偶体は成熟すると雄の生殖器官である造精器と雌の生殖器官である造果器を形成し、造果器の先端に形成される受精毛に造精器から放出された不動精子が付着することで受精します。受精後、細胞分裂が繰り返され、果胞子と呼ばれる胞子が形成された後、これらが放出され、基質に接着後、発芽し、胞子体(糸状体)となります。胞子体は貝殻の中に潜りこんで生育していると考えられており、成熟すると殻胞子嚢を形成し、そこから殻胞子が放出され、これらが発芽することで、配偶体となります。これに加えて配偶体は単胞子と呼ばれる無性胞子を放出し、これらは発芽すると配偶体(クローン体)となります。
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陸上植物で知られている植物ホルモンの1種であるエチレンの前駆物質、1-アミノシクロプロパンカルボン酸(ACC)をスサビノリ配偶体に処理すると、有性生殖が促進されることが分かりました。一方、エチレン発生剤であるエテフォンを用いて同様の実験を行ったところ、ACC処理において見られた有性生殖の促進は観察されませんでした。そのため、果実の成熟の制御などで知られているエチレンはスサビノリにおいては作用せず、その前駆物質が植物ホルモンとして作用することが明らかになりました。
またACC処理によりアスコルビン酸(ビタミンC)の合成が促進されることで酸化ストレス耐性が増加することも分かりました。 ACC未処理の藻体を過酸化水素(H2O2)を添加した培地で培養することで酸化ストレスを与えると色素がなくなり細胞が死滅しますが(左)、ACC処理した藻体では生存が可能になります(右)。この仕組みは、スサビノリが成熟する春先の環境である高水温や長日条件といった酸化ストレスから光合成装置を保護する役割があると考えています。
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分子生物学的手法の一つとして重要な技術である遺伝子導入技術の開発にも取り組んでいます。スサビノリの細胞で導入された遺伝子を安定的に発現させるためには、プロモーターと呼ばれる遺伝子発現を制御する領域としてスサビノリ由来の遺伝子のものを用いること、さらに導入遺伝子のDNA配列をスサビノリに適合するように改変する行程(コドン最適化)が重要であることが分かりました。現在はこの技術を応用し、標的遺伝子を簡便に破壊可能なゲノム編集技術の開発に取り組んでいます。
選抜マーカーとしてコドン改変ハイグロマイシン耐性遺伝子(Pyaph7)を利用した上記の遺伝子コンストラクトをパーティクルガン法によりスサビノリ細胞に導入した後、抗生物質の1種ハイグロマイシンで選抜することで目的の遺伝子(PyGUS遺伝子等)を安定的に発現させることが可能になりました。青く染色された藻体はPyGUS遺伝子が発現したもので、赤色のものは発現していない藻体になります。
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- 次世代シーケンサーを利用した網羅的な遺伝子発現解析により、ACC処理による有性生殖誘導時に発現が増加する遺伝子の情報を得ることが出来ています。これらの遺伝子は、有性生殖細胞の形成に機能するものや酸化ストレス耐性の付与に関与するものだと予想されます。そこで現在開発を行っているゲノム編集などを利用し、これらの遺伝子の機能解析を行っていく予定です。
- スサビノリで得られた知見を基に、それ以外の有用な紅藻類の生殖機構も明らかにしていきたいと考えています。まずは、ACCの効果が他の紅藻類にも見られるか検討していく予定です。
- 現存する紅藻類と形態や生殖器官が類似した化石が10億年以上前の地層から発見されていることやDNAの塩基配列を用いた分子系統解析から、紅藻類は原始的な真核生物だと考えられています。そのため紅藻類の生殖機構の知見は、これらの持続的な生産に貢献するだけでなく、真核生物の生殖機構の進化を理解する上でも重要だと考えています。
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